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2012年8月の6件の記事

2012年8月28日 (火)

タイ人嫁の得意料理はゆで玉子

今朝の我が家の朝食は、豪華絢爛だった。

結婚当初、妻の得意料理はゆで玉子で、それも、半熟玉子とかの火加減に多少の技術を要するものではなく、ただ単にグラグラと、これでもかというぐらいに茹で上げた、だけのものだった。
(まあ、一応火を通すので「料理」には入る?)
しかし、妻の出来る料理はそれぐらいで、後は炊飯器でご飯を炊くぐらいしか出来なかった。
当時(8年程前)は、バンコクに住んで居いて、近くにジャスコやカルフールが有ったので、食事は殆ど外食か、買って来た「おかず」でご飯を食べていた。
(多い時は、自分が家に居る時の夕食の外食率が8~9割ぐらいの時もあった。家に居ない時は、だいたい雀荘で食事をしていた)
それから8年、妻の料理の腕前は非常にゆっくりとではあるが、少しづつ進歩して来た。
今日の朝食の話しをする前に、その過程を振り返ってみたい。

ゆで玉子の次に妻が作った「おかず」はたぶん、「玉子焼き」だったと思う。
と言っても、日本の「だし入り玉子焼き」の様に、薄く引いた油で、だしの入った玉子を焼くという様な上品(?)なものではなく、(タイに住んでいる方なら、お分かりだと思いますが)ただ単に、溶いただけの玉子を、油の海のフライパンに流し込んで作る「玉子焼き」。
妻の場合はダシはおろか、塩さえも入れない。当然、具材などは一切入れない、玉子だけ。
「焼く」というよりも、「揚げる」に近い感じで、出来上がったものは、油でベトベト。
妻はこれを、恐る恐るフライパンに手を伸ばして、腰の引けた姿勢で遠くから作る。
油がパチパチ跳ねると、逃げ回ったりしている。
これは、今も変わらない。

勘違いから、折角買ってきた食材が台無しになった(?)事も有る。
ジャスコ(日系のスーパー、当時ラッチャダーに有ったが、その店は今はもう無い)で「エビのかき揚げ」を買って来て、「かき揚げうどん」にしようと思っていた。
妻が作ってくれたのだが、肝心の「かき揚げ」が無い・・・?。
ん・・・?、かき揚げは、何処へ行ったんだ・・・?。
かき揚げは、無残にもドロドロに溶けて、うどんの汁になっていた。
タイ人は、ぶっかけ飯、でもそうだけれども、ご飯とおかずを混ぜ合わせて食べる習慣がある。
妻は、(たぶん親切で)かき揚げを、うどんの汁にドロドロになるまで溶かして(かき混ぜて)くれた。
(本当は、うどんの上に乗っている、かき揚げのサクサクとした食感も楽しみたかったのだが)

これは、どうせ食べる時に溶けるのだから、まだ良い。
今度は、全く違う(?)ものに成った例。
スモークサーモンを買って来た(今は、チェンライでもトップスなどで売っているが、当時はバンコクでも、探してもなかなか見付からなかった)。
醤油を付けて、酒のつまみか、ご飯のおかずにしようと思い冷蔵庫に入れて置いたのだが、ある時、此れが焼かれて出て来た(タイ風の玉子焼きと同じで、「焼く」と言うより、「揚げる」に近い感じ)。
折角のスモークサーモンが単なる薄い「焼きサケ」(揚げサケ?)に成ってしまった。

最近では、変な味噌汁3連発。
1回目と2回目のものは、既にこのブログで書いたが、「牛肉の角切り入り」の味噌汁と「豚のひき肉入り」の味噌汁。
これでも、他の具材と上手く組み合わせれば美味しい味噌汁になる(?)のかも知れないけれども、唐突に入っていると、「なんじゃコリャ」、という感じになる。
3発目は遂に出ました、ルークチン入りの味噌汁。
これは、前の2つの味噌汁に比べると正解に近いのかも知れない。
(ここはタイだし、タイ風味噌汁という事でいいのかな?)
(日本にも「つみれ」入りの味噌汁が有るし)
(でも、残念な事に自分はタイのルークチンは余り好きではないのでした)
その内、究極のタイ風味噌汁、パクチー入りの味噌汁が出なければ良いのだが、たぶん此れは大丈夫。
うちの奥さんはタイ人なのにパクチーは嫌いなのでした。
以前は、味噌汁なんかは滅多に作らなかったのだが、最近は料理に目覚めて(?)、いろいろ、それらしきものが食卓に乗る様になった。

で、最初の話しに戻って、今日の朝食。
①メインは焼いた「さんま」。大根おろし付き(ただし、大根は自分ですりおろした)。
②味の素のコンソメで作った肉野菜スープ。
具材は、豚肉(バラ肉)、人参、玉ねぎ、大根。
自分としては、豚汁にする積もりでいたのだが、コンソメスープに成ってしまった。
出来上がったスープの味が幸い(?)薄かったので、味噌(マルコメのだし入り味噌)を足して無理やり豚汁にしてしまった。
(妻は、「薄い(チュート)」と言って醤油を足していた)
③エビとアスパラガスの炒めもの。
調味料は塩を少々。油は、ごま油を使用。食べる時、お好みでマヨネーズを付けて。
④タイの納豆の様なもの。
大豆がすり潰されているもの?。粘りけは無い。

後は、日本米を炊いたご飯と日本茶。
味は、「さんま、と大根おろし」はちょっとジューシーさに欠けていたが、一応美味しかった。
豚汁もどきは、コンソメが入っているので、ちょっと変だったが、自分は美味しいと思った。
「エビとアスパラガスの炒め物」は普通に美味しかった。ただアスパラが少し痩せていたのが惜しかった。
「豪華絢爛と言っている割には大した事ないじゃん」、とか言わないで下さいネ。
日頃の食事(例えば、ご飯と、目玉焼きと、玉子焼きと、タイの漬物と、あと辛くて、臭くて食べられない謎の物体の食事)から比べれば、涙が出るほど豪華な(ちょっと大袈裟?)内容でした。
しかも幸せな事に(?)、夕食にもほぼ同じものが出た(単に、残り物がまた出て来ただけとも考えられるが)。
(夕食には、「さんま」の代わりに?、目玉焼きが付いていた)
(因みに、昼食はなし、ポテトチップスとコークゼロが昼食の替り)

ま、8年前と比べれば画期的に進歩した事は間違いない・・・?。

たまに、知り合いの日本人のお宅へ伺って、同じ様にタイ人の奥様の作られた食事をいただく事があるが、サバの味噌煮とか、焼豚とか、日本風のカレーライスとか、うどんとか、海苔巻きとか、皆さん大変上手に作られている。
「う~~ん・・・?、どおしたものか・・・???」.。

2012年8月23日 (木)

ブログ20回目にて考える

人の麻雀を後ろから見ていると、やりたくなる。
人の打ち方を見て参考になる事は有るけれども、「ここは其れを切っちゃダメ」とか、「自分なら此れを切る」と、つい口を挟みたくなる。
「どおしてもっとストレートに攻めない」のか。グルグル回しているのを見ると、「それではなかなかテンパらない」と焦れったくなる事もある。
それと同じで(同じか?)人のブログを見ていると、自分なら、こういう書き方をするとか、こういう話題に付いて書く、とか思う事がある。
「ならば、自分で書けばいいじゃないか」という事でブログを書き始めた。

パソコンの知識は殆ど無いし、エッセイなども殆ど書いた経験が無い(ローカルな機関紙に数回寄稿した事は有る)けれども、別にお金を取って仕事をする訳ではないし、他人に迷惑を掛ける訳でもない。
性格は自信を持って「面倒くさがりや」なのだけれども、それ以上に暇がある(特に仕事をしていないし、此れといった趣味もない、しかも町から遠く離れたチェンライ(タイの地方都市)の田舎暮らしでは、する事が殆ど無い。反面、日本に居る時は結構忙しいが)。
ま、取り敢えずやってみようという事で、ブログの作り方も分からないまま始めてみた。
日本でのインターネットのプロバイダーがニフティだったので、それを利用して(今考えると、別にニフティじゃなくても、ヤフーでも何でも良かった様な気がする)、示された手順通りに第一回目の記事、「思えば遠くへ来たものだ」を入力してみた。
すると、思った以上に綺麗に出来た(文章の事じゃなくて、体裁が)ので、それに気を良くして、次から次へと書いている内に、遂に20回になった。
初回の記事が(2012年)4月26日、今日が8月23日なので、この間約4ヶ月経過した事になる(月平均で5本の記事)。
今では、最初の頃と比べると少しはブログらしく(?)成って来たかな、と自分では思っている。

ブログを始める時に幾つかの方針を考えた。
ひとつは、氏名を公開にするか、匿名にするかと言う事。
名乗る程のものじゃないし、匿名にしておいた方が書き易い事もある。
なので一応、匿名にしたが、絶対人に知られない様にしようとかいう訳ではなく、面識の有る人に知られるのは構わない。むしろその方が日頃の話しベタを若干でもカバー出来るのではないかと思っている。
実際、何人かの知人には、「ブログを作りましたので宜しく」、と宣伝(?)している。

2つ目の方針は、個人を特定出来る批判は基本的にしない事。
自分と異なる、趣味や嗜好・考え方に関する見解は、注意して書く事。
組織(会社とか○○会の様なもの)に対する感想なども、書く時は注意して書く。
(例えば、客観的事実と個人的見解を区別するとか)

3つ目の方針は、読者層の想定。
一応、自分と同じ、「チェンライ在住の邦人」を念頭に置いていますが、その他の地域(チェンマイやバンコクなど)のタイ在住の邦人や、タイに興味のある方にも読んで頂けたら、と思っています。
(チェンライ在住者でないと、ちょっと分からない地名や施設名等には、その時々で説明を入れたり、入れなかったりしています。この辺はちょっと方針が一貫してないです)
あとタイ人の嫁さんのいる方にも読んで頂けたらと思っています。
尚、このブログはタイ人の読者は想定していません。
実際問題として、タイ人が日本人の日本語のブログを読む可能性は非常に小さいと思いますが、もし読んで頂けたら、とても嬉しいです。
しかし、このブログのメインテーマのひとつが、日本人から見た(正確には、自分から見た)タイの文化やタイ人の理解し難いところ、なので、この件に関しては一方的な(否定的な)見解をしている部分が多くあります。
(ブログのテーマに関しては、第一回目の記事、「思えば遠くへ来たものだ」も参考にして下さい)

4ヶ月間ブログを書いた感想は、「大変だけれども面白い」、という事になる。
実は、このブログの一番の読者は自分自信で、それまでモヤモヤしていたもの、「何となくいいな」とか「何となく変だ」、と感じていたものを、文書化する事により明確にする事が出来た。
自分の考えを整理出来るという利点は大きい。
将来への記録としても役に立つという気がする。

問題は文章を書くのが結構大変な事で、自分の場合「~運用手順」とか「プログラム仕様書」の様な文書は、会社員時代に書いていたのだが、それとブログの文章は違う。
困るのは、ブログの場合、正確さよりも、分り易さ、軽快さ、勢い、を重視すべきだと思うのだが、書いていて、どうも説明が不足している様で心配に成って来る。
(それで(カッコ)書きの部分が多く成っています)
また、書いてる時に、考えがあっちこっちに飛ぶので、収拾が付かなくなる事もある。
(余談とか箇条書きが多いのは、その影響もあります)
(尚、誤字が多いのはある程度ご容赦願います。書いたものを見て、直感で、「あれ、何か変?」、と思う事は多いのですが、調べて直す時も有れば、そのまま放って置く事もあります)

今後の事ですが、今のペースをずっと維持するのは結構大変です。
先の事は分かりませんが、最低でも月1回、出来れば月2~3回のペースでは書いていきたいと思っています。
最後に、ブログの長所でもあり短所でもあると思うのですが、情報が一方的に書き手から読み手に伝わるので、対面で会話をする場合と異なり、相手の反応が分かりません。
出来れば、たまには、コメント等でご意見を伺えればと思っています。

2012年8月19日 (日)

犬に噛まれる

生まれて初めて犬に噛まれた。
と言っても、「ガブ」と噛まれた訳では無く、「カプ(KAPU)」と噛まれた程度で、「血が出る」と言う程ではない。
噛まれたところ1ヶ所に少し血が滲んでいるという程度で、別に痛くも何とも無い。

夜中の午前1時頃、妻(タイ人)が私の所へやって来て、「犬ちゃん、帰れない」(日本語)と言う。
とにかく外に出て見てくれ、と言うので行って見ると、犬が家の門を通り抜けようとして、地上60cmぐらいの所で挟まって宙ぶらりんに成っている。
「帰れない」のではなくて、入ろうとして「入れない」状態である。
自分が近付くと怖いらしく、ジタバタするが、自力での脱出は無理そうで、かなり可哀想な状態に成っている。
しょうがないので、抱え上げて地上に降ろそうとして、手を回した瞬間、「カプ」とやられた。

この犬は一応、飼い犬なのだけれども半分野良犬に近い状態で、一時期はガリガリに痩せ細った格好で他の犬と連れ立って家に来ていた。
気の小さい(警戒心の強い)犬で餌(我が家の残り物)をやろうとして近付くと、他の犬は尻尾を振って近寄って来るのに、この犬は(警戒して?)逃げて行き、少し離れた所から様子を伺っている様な犬であった。
それでも空腹には勝てないらしく、毎日の様に家に来ていたが、一応他人の飼い犬だし、家で飼う訳にもいかないので、食事の時以外は家の敷地内には余り入れない様に注意していた。
特に夜、門を閉める時は必ず外に出す様に気を付けていた。
しかし、犬からして見ればそう言う人間の都合は分からない訳で、彼としてみれば、より餌場に近い所に居たかったのであろう。
それで、無理をして我が家に入ろうとして門に引っかかった。
以前より、少し太ったのも彼にとっては裏目に出た。

昔、お兄さんの犬がよく家に遊びに来ていて、2~3回、今日と同じ様に門に引っかかた事がある。
ペプシと言う名前のその犬は今日の犬よりも大きくて、気性の荒い(と言うより、凶暴な感じの)犬だったので、この時は、始め、外すのが怖かったのだが、今日の犬は(臆病だけれども)大人しい犬だと思って、油断したのがいけなかった。
ただ、本気で噛めば太い骨も噛み砕けるのに、ちょっと傷が付いた程度で済んだのは、彼も本気では噛んでいなかった様で、だから「ガブ」ではなく「カプ(KAPU)」という感じになった。

しかし、この犬は狂犬病の予防注射は多分していない。妻も「この犬は狂犬病の予防注射はしていない」と言う。
なので、取り敢えず、唾液の付いている噛まれた腕を洗ってから、病院へ行く事にした。
傷は浅いので「大丈夫カナ?」という気もしたのだが、狂犬病は一度発症するとほぼ確実に死に至るらしい。先に予防注射さえしておけば余計な心配をする必要が無いので、直ぐに病院へ行く事にした。

その前に、宙吊りに成っている犬を助けなければならない。
もう一度噛まれるのは嫌なので、何か台になる物を犬の前に置いて、犬をそれに乗せて自力で脱出させる事を考えた。
竹で編んだ古い椅子が有ったので、犬の所へ持って行って、適当な位置に置こうとするが、それも怖いらしくてジタバタしている。しかしその内、足が椅子に架かってその弾みでストンと後ろに落ちた。
これで犬の救出は終了。

深夜だけれども娘を一人、家で寝かせておく訳にもいかない。
可哀想だが起きてもらい、無理やり車の後部座席へ押し込んで、妻の運転でシーブリン病院へ。
(自分が運転して一人で行く事も考えたが、状況を説明するには、妻がいた方が確実。あと、車の運転は基本的に嫌いなので、何時も妻に任せている。病院までは約30分)
病院では若い助手の様な人(後で、医者の様な人が来たので、始めの人は助手なのかと思っただけ)が来て、傷口を確認してから、診察台に横になり、噛まれた腕を消毒して洗浄する(何かジェル状のものを振り掛けてから、洗っていたので、多分消毒であろうと推測)。
次に、医者らしき人が来て、(妻が)もう一回、噛まれた状況を説明して、噛まれた所を再度確認して、予防注射を打つ事に(これもタイ語で確認した訳では無い。流れからいって、そんな処かと推測)。
狂犬病の予防注射は痛いと聞いた事があるので、覚悟を決めて身構える。
まずは左腕から(噛まれたのは右腕。それは関係無さそう)、「あれ?痛くないよ」。
次に右腕、これも「チクッ」とした程度で特に痛いと言う程では無い。
(手を抜いているんじゃないだろな?・・・ま、医者を信用するしかない)
これで、今日の治療は終了。
後は、会計で970バーツ払って、薬を貰い、今後の予定(予防注射のスケジュール)を書いた紙を貰う。

或る意味、自分より可哀想だったのは娘で、ちょっとの間だけ窓を半開きにして、車の後部座席に寝かせていたのだが、妻が迎えに行って病院の中に連れてきた時には、5ヶ所程も蚊に刺されていた(幸い?、病院だったのでナースの人が薬を塗ってくれていた。これは無料)。

真夜中(午前2時半頃)だが、ひと仕事(?)したので、お腹が空いた。何か食べたいがお店は全て閉まっている。
家へ帰る途中のガソリンスタンドに併設されているセブンイレブンが営業していたので、そこでコークゼロとソーセージ入りのパンを買って(39バーツ)車の中で食べる(運転は妻)。
家に着いたのは、午前3時を過ぎていた。

予想していたよりも、随分簡単な治療だったので、ネットで狂犬病の治療に付いて一応確認。
狂犬病ワクチンの接種回数については4回とか6回とか色々書かれている。
あるブログに、犬に噛まれた場合の狂犬病の予防注射は、「噛まれた日から、0日、3日、7日、28日の4回する」と書かれていた。これは、自分の貰った予防注射の今後のスケジュールと一致したので、ひとまず安心。

(そのあと、もう一度調べたら、2回、とか5回とか回数も色々書いてある。
シーブリンで貰ったスケジュール表にも2種類有って、
1つは今回の自分の場合の4回で、1回に付き 0.1ml の注射を2本打つもの、
もう1つは5回で、1回に付き 0.5ml の注射を1本打つものが書かれていた。
狂犬病の予防注射は大きくて痛いと言うのは後者の方、0.5ml 、の方の事をいっているのかも知れない?。
でも、0.5ml 、でもたいした量じゃないし、結局よく分からない。)

9月25日には、日本に帰る予定なので、これに係ると面倒だなと思ったが、最終回が9月15日なのでこれも問題無い。
後、犬に噛まれた場合は、破傷風とかの危険もある様な事が書かれていたが、傷が浅かったし、医者にちゃんと診て貰っているので、大丈夫であろう。

余談
今日、知り合いが作った漬物をご馳走になった。
此れが、実に美味しかった。
通常自分がタイで、「美味しい」という場合は、「(タイとしては)美味しい」と言う意味の事が多く、(カッコ)の部分は省略して言う事が多いのだが、今日の漬物の場合は無条件で美味しかった。
材料はパパイヤと言う話しだったが、パパイヤがあの味に成ると言うのは、ちょっと不思議な気がする。
実は、自分は熟したパパイヤは、少し臭くて余り好きでは無いのだが、青い内のパパイヤを漬物にすると、こんな味に成るというのは、ちょっと驚きであった。
変な言い方だが、日本の漬物以上に、日本的な美味しさがある。
上手く流通に乗せれば、日本でもヒット商品になるのではないか、という気さえした。
(と、ここまで書いてから、もしや?、と思いネットで調べたら、パパイヤの漬物の記事が沢山載っていて、自分と同じ様な感想を書いている人もいた)

追記(2011/8/21)
今日、2回目の予防注射をして来た。
2回目は、520バーツ。
3回、4回目も同様とすると医療費の合計は、970+520×3=2530バーツ、になる。
ついでに、予防接種のスケジュール表に有る、4回の接種と5回の接種は何が違うのかを聞いてみた。
タイ語なので正確には理解出来なかったが、古い方法が5回で、新しいのが4回という事らしい。
「新しい方法、4回の方が良い」という様な事を言っていた(たぶん)。

2012年8月14日 (火)

チェンライで日本を探す

この処、「タイで日本を探す」以来3回続けて、センタン絡みの話題ですが、今回もセンタンねたです。
「タイで日本を探す」では、バンコク・ラッチャダー通りに有るセンタンにて、日本に係わりのあるものを探しましたが、今回はその続編で、チェンライのセンタンにて調査を行いました(ちょっと大袈裟?)。

前回のブログ、「チェンライで日本人に合う」の続きです。
娘を(チェンライ・センタンの)3階の遊戯施設で遊ばせている間、時間があったので2階を歩き回ってみた(娘は妻が見ていた)。
チェンライのセンタンは2階の片側が食堂街になっていて、そこに飲食関係のお店が13店舗有る(通路と一体に成っていて、お店としての囲いの無い店も含む)。
その内、4店舗が日本食及び日本を連想させる名前のお店。
率にして31%なので、バンコクのセンタンの41%よりは低いが、それでも、こんな田舎にも日本食が浸透して来ているというのは、ある意味凄いと思う。

具体的には、富士、YAYOI、SUKISHI、KANEMOTI、の4店舗。
この内、富士とSUKISHI、はここのセンタンのお店に入った事がある。
味は、富士が「まあまあ」、SUKISHI は「日光の少し手前」と言ったところ。
(このブログを読まれている方は、チェンライ在住者も多いと思われるので、はっきりとは書きにくいです。例えば、SUKISHIが大好き、という様な方もいらっしゃるかも知れないので)。
ま、値段を考慮すれば、「そこそこ」と言った処か。
ここのセンタンのお店には入った事は無いけれども、YAYOI はバンコクで何度か入った事がある。
自分の印象では、いずれにしても、似たり寄ったりという処(あくまで自分の印象です)。
KANEMOTIと言う名前のお店は、バンコクのセンタンにも有って、「変わった名前のお店だな」と思っていたのだが、チェンライのセンタンにも有るという事は、タイで全国展開しているお店なのか?。
青・黄・緑・ピンク等のカラフルな色のお饅頭らしき物が置いて有るのだが、食べた事は無いので正体は知らない(食べた事のある人がいたら教えて下さい)。
ここのお饅頭(?)もそうだけれども、タイには、赤・黄・緑・紫とかの、やたらカラフルな色のご飯(もち米?)等も有って、こういうのがタイ人の好みなのか?。
(タイの夜、都会でも田舎でも、カラフルな色のイルミネーションを良く見掛けるが、これも同じ様な事なのか)
尚、2階には他に、SIZZLER、大同門、DAIRY-QUEEN、MK、BAR.B.Q.PLAZA など、タイではお馴染みのお店が入っている。

あと忘れてはならないのは(別に、忘れてもいいけど)、FOOD PARK。
ここには、「パールミルクティー MOCHI」という、お店が有る。
(自分は利用した事が無いので詳しい事は分からない)
それと、赤い提灯に「寿司」と書いてある「TUNAMI JAPANESE ~ TAKAMARU JAPAN」というお店が有る。
ここには、天ぷら、かつどん、ギョーザ、焼きそば、寿司などが置いてある。
(ここは2回程利用した事が有るが、感想は控えます)

2階に有る、飲食関係以外の店では、TOKYO OPTIC と言うメガネ屋が有った。
「NITIPON CLINIC」 というお店(美容のお店?)が有って、一瞬、「NIPPON CLINIC」かと思ったが(漢字で書けば、日本(ニチポン)とも書けるし)、これは日本とは関係無さそう?。

2階のロビンソン側にも、日本と係わりのありそうな(と言うか、多分日本製だと思う)ものが幾つか有ったので、目に付いた物を箇条書きにする。
①台所用電気製品売り場の東芝、シャープ、パナソニックなどの製品。
②「HOME JAPAN お買い特タッパ、ごはん用、電子レンジで解凍OK」と日本語で宣伝してあった製品。
日本語で宣伝してあっても、タイ人には分からないと思うのだが。
一応、タイ語の小さいシールが製品に貼って有ったが、十分な説明が書いてある様には見えなかった。
あと、「お買い特」より「お買い得」の方が正しいと思うのだが(ネットで調べたら、「お買い特」という表現の広告も結構有るので、此れでも良いのか?)
(マイフォトに写真有ります)
③おもちゃ売り場には、日本製のおもちゃが沢山有る。
TAKARA TOMY の鉄道模型(トミカ)、BANDAI のプラモデル(ガンダムの様なもの)、どらえもんのおもちゃ、キティちゃん等。
(どらえもん、と、キティちゃんは日本よりもタイの方が大勢居る様な気がする)

以上が、ざっと調べたセンタン及びロビンソンの2階に有る、日本関係のものでした。
因みに、自分がセンタンで1番利用頻度の高いのは(と言っても、月に3回くらいですが)、地下(正確にはグランドフロア)に有るヤマザキパンです。
あと、日本とは直接関係無い(?)けれども、1階のマクドナルドのハンバーガーも、持ち帰りでたまに利用します(日本のマクドナルドと同じ味がするので)。

余談
我が家の車も「キティちゃん仕様」になっている。
ナンバープレートに3+3人、シートカバーに2人、ハンドルカバーに1人、キティちゃんが居る。ヘッドレストにもキティちゃんが4人被せてあるので、合計で13人のキティちゃんが居る。
妻がキティちゃんを欲しがった時、自分は「嫌だぞ」と反対したのだけれども、自分が日本に戻っている隙にキティちゃん仕様にされてしまった。
どうもタイ人は性格が子供で困る。
ここで、「妻」ではなく「タイ人」と表現したのは他にも似た様な、キティちゃんの車、をよく見掛けるからで、ビッグC の駐車場などでも時折見掛ける。
我が家の車はシルバーのセダンなので、元々似た様な車が多い、しかもキティちゃんが居ると、つい間違って人の車に乗ってしまいそうになる。
(これだけ、キティちゃんが大勢居て、「サンリオはちゃんと儲かっているのだろうか?」と、つい余計な心配をしてしまう)

2012年8月12日 (日)

チェンライで日本人に合う

チェンライにも「セントラルプラザ」(以下タイ人の呼び方に合わせて「センタン」と呼ぶ)が有る。
3階に、小さい子供用の遊戯施設があり、娘をそこで遊ばせていた。(1時間80バーツ)
テニスコートのネットぐらいの高さの網で囲いがあり、自分はネットの外から娘を見ていた。
隣にも、同じ様に中の子供を見守っている、お母さんとおぼしき、ご婦人が居て、中の女の子と何やら話をしている。
「ん?、日本語???」、と自分が思った瞬間、娘が駆け込んで来て、「パパ、日本人、日本人」と大きな声で叫ぶ。
(そんな大きな声で叫ぶんじゃありません。恥ずかしいだろ。)
「パパ話してみなよ」みたいな事を言う(正確に何と言ったかは、忘れた)。
(日本人は慎み深い民族なんだから、見ず知らずの人にいきなり話かけたりはしないのだよ)
ま、バレてしまった以上はしょうがない(別に、日本人である事を隠していた訳では無いですが)。
「日本の方ですか?」「お子さんはお幾つですか?」とか「タイ語も話せるのですか?」とか、日本人同士が初対面の時にする、月並みな会話をして、娘に「ほら、こんにちわって挨拶しなさい」と言って、取り繕った。
その後、娘達(娘7歳、女の子6歳)は仲良く遊んでいた。

こんな時(見知らぬ日本人と偶然出会った時)どおするか。
ケースBYケースで、「日本の方ですか・・・」と話しかける時もあるし、(自分は日本人じゃ無いぞ、みたいな顔をして)知らぬふりをする時もある。
自分の場合、どちらかというと、知らんぷりをする事の方が多いが、よく日本人で、「海外で日本人に遭っても、知らんぷりをする」、という方針の人がいるが、自分の場合はそういうのではない。
むしろ、チェンライ辺りに居る日本人とは、いろいろ話を聞いてみたいと思っている。
しかし、名乗って話しかけるのが何となく恥ずかしいのと、人によっては日本人が嫌い、という人も居るので、話しかけるのを躊躇ってしまう事が多い。
ま、チェンライのビッグCやセンタンだと、結構日本人が居るので、それ程、珍しくないという事もある。

妻や娘が居ると、「あの人、日本人だよ、話せ、話せ」とけしかけて来るが、「日本人は知らない人に、いきなり話し掛けたりはしないのだよ」という様な事を言ってはぐらかしている。
それでも、見かけが日本人らしき人が居ると、日本語が出て来るかどうか、聞き耳を立てていたりする,。

逆に、家族で日本に居た時に、観光地などでタイ人らしき人達を見かけると同じ様な事をした。
はっきりタイ人と認識出来た場合には、自分は妻に「サワデーカ」と挨拶しなよ、とけしかける。(妻は絶対にしないのは分かっているが)
広島の原爆ドームを見に行った時に、タイ人の団体客が居たので、娘をけしかけて、「サワデーカァ」とワイさせたら、結構受けて人気者になっていた。

日本人だと気が付かなくて失敗した事もある。
ビッグCでカートを押しながら買い物をしていた。
自分達(妻と私)の前にも、同じ様にカートを押して買い物をしている人(男性)がいて、キョロキョロしてなかなか前へ進まない。
しょうがないので、その人を避けて、右とか左に寄せて追い越そうとしたが、こちらの避けようとする方向に彼も、カートを寄せて来て、なかなか追い越せない(前のカートは、故意に妨害していた訳ではないです。偶然方向が合ってしまっただけ)
その内、妻が「これ、わがまま」(日本語)と、はっきり聞こえる声で私に言って来た。
妻は、相手はタイ人なので、日本語で何を言っても分からないと思ったのであろう。
暫くして(5秒ぐらいだったと思う)、前のカートの人が奥様とおぼしき人に、「どっちに行くの」と正確な日本語で話し掛けた。
(あっ!日本人だったんだ!)
もし、その時の方がこのブログを読まれていたら、その節は大変失礼致しました。

ついでに言うと、タイに居る時は、(妻と私は)周りの人に聞かれて困る会話は、日本語でする事が良くある(妻も少し日本語が分かる)。
逆に、日本に居る時は、周りの人に聞かれたく無い話はタイ語でする。
しかし妻は時々間違えて、例えば、道ですれ違った人の事を、相手が聞こえる位置関係で「コノヒト、アシキレイ」とか日本語で話し掛けて来る。
(コラコラ、そこはタイ語で話すべきだろ)

余談
前回の余談に書いた牛肉の角切り入りの味噌汁はちょっと辛かった。
あの後、もう1回は無理して食べた(飲んだ)のだけれども、その後は犬のエサになりました(犬は美味しそうに?、食べていた)。
今、足を痛めていて運動不足になっているので、脂っこいものは、体が受け付けない。
今日こそは、あっさりした味噌汁を食べたいと思い、妻にビッグCで買って来た「きのこ、を入れて味噌汁を作ってネ」と依頼した。
確かに「きのこ」は沢山入っていたのだが、ついでに一緒に買ったブタのひき肉(ムーボット)がそれ以上に沢山入っていて、これもちょっときつかった。
(お願いだから、普通の味噌汁食べさせて)
(やっぱり、自分で作らなきゃダメか?)
これもビッグCで買った「さんま」はちょっと美味しかった。
大根おろしが有るとさらに良いのだが、妻がそういう料理を作ってくれる様になるのは何年先の事になるのか。
一生ダメの様な気がする。

2012年8月 9日 (木)

妻とロビンソンデパートで待ち合わせ

前回のブログ、「タイで日本を探す」で紹介したラッチャダーのセンタン(ロビンソンデパートを併設している)で妻(タイ人)と待ち合わせをした。
用事があって数日間バンコクに家族3人で滞在していたが、午前中に全ての用事が終わったので、ホテルでゴロゴロしていた。
午後3時頃、妻が「ロビンソンデパートへ行く」と言って、娘を連れてホテルを出て行ったが、自分は妻の買い物に付き合うのも面倒なので、そのまま、日本から買ってきた本などを読んだりして、引き続きゴロゴロしていた。
うつらうつらして、ふと携帯を見ると、午後7時。
少しお腹が空いて来たので、センタンで食事でもしようと思い、妻に電話して、待ち合わせをする事に。
前回のブログでも書いた通り、センタンなら日本食の店が沢山あるので、何を食べるか楽しみもある。

ホテルを出て急ぎ足でセンタンに行き、約10分でセンタンの地下に着く。
(地下鉄MRTの地下道とセンタンの地下1階が繋がっているので、自分は地下道を通ってセンタンに入った)
携帯で妻に「今、何処にいるの?」(以下、基本的にタイ語の会話。妻のタイ語は、自分の理解した日本語に変換する)。
妻、「2階の婦人服売り場に居る」。
婦人服売り場といっても、フロアが結構広いので「捜すのも大変だなあ」と思いつつ、取り敢えずエスカレータで2階へ上がる。

妻との待ち合わせは、何時も、自分が一方的に捜すだけで、妻が私を捜すとか、何処か分かりやすい場所に移動して待つ、という様な事は殆どない。

再度、携帯で、「今、2階に着いた」と連絡して、2階をぐるっと一回りしてみるが、見付からない。
携帯で私、「お店の名前を教えて?」。
妻、「(英文字で)○○○に居る」(具体的な名前は忘れた)。
タイ人(妻の事です)のアルファベットの発音は聞き取りにくいのだが、多分こんな名前だろうと見当を付けて探すが、該当するお店が見当たらない。
もしかして、妻の言う「2階」とは、地下1階→1階→2階、と数えた「2階」ではないのか。
自分は今、地下1階→グランドフロア→1階→2階、と数えた2階に居る。
そうすると、妻の言う「2階」とは、グランドフロアの上の階、すなわち1階の事を言っているのかも知れない。
(だから、グランドフロアのある建物はややっこしくて嫌いです)
そう思い、今度はエスカレータで1階に降りて捜してみたが、そこでも見付からない。
再び携帯で、「もう一回、お店の名前教えて」。
妻、今度は別のお店の名前を言う、「△△△」(これも忘れた)。
もう一回、1階をぐるりと一回りしてみるが、見当たらない。
さらに、再び2階に上がって探すと、妻の言うお店が有る。しかし携帯を繋なぎながら、お店の中に入って探すが、妻も娘も居ない。
私、「お店△△△有ったけど、居ないよ」。
妻、今度は「エスカレータの所に居る」と言う。
エスカレータと言っても3ヶ所有る。上りと下りを別々に数えれば6ヶ所に成る。
もう少し、情報を絞りたいと思い、グランドフロアを含んだ2階なのか、単純に下から、1階→2階、の2階なのかを聞くが、うまく意味が伝わらない。
(もっとタイ語が上手ければ伝わるのだろうが、この辺がもどかしい)
それでは何か目印になるもの、大画面のスクリーンが有ったので、「大きなテレビの近くか?」とか、センタン側かロビンソン側か(建物はセンタンとロビンソンが併設されていて、フロアが繋がっている)とか、色々聞いてみるが、明確な回答が得られない。
だた単に「エスカレータの所に居る」とくり返すだけである。
しょうがないので、今度は1階から3階までもう一度捜すが、それでも見付からない。
(念の為、説明しますがワンフロアの広さは、チェンライのセンタンとロビンソンを併せた広さよりも若干広いので、その分、一回りするのも大変です)
再び携帯で妻、「リーワイの所に居る」と言う。
(日本語(?)で言うとリーバイス。この数ヶ月前、チェンライのセンタンで待ち合わせをした時も「リーワイ」に居た。この時も「リーバイス」の店を探すのにちょっと手間取った)。
そう言われても分からないので、その辺にいる暇そうな店員(店員さん、すいません)をつかまえて、「この辺にリーワイの店が有りますか?」と聞くが、店員も分からない。
店員さんに携帯を渡して妻と話して貰うが、それでも分からない。

どうしょうも無いので、以前に妻と娘と行った事のある、子供の遊び場(タイのショッピングセンターには、小学生以下ぐらいの子供の遊べる遊戯施設が良くある)なら、間違いなく合う事が出来ると思い、そこで落ち合う様に提案するが、しかし妻は「もう閉まっている」と言って応じない。
(基本的に妻は歩く事が大嫌いなので、自分の都合以外では極力、歩く事を避けようとする)
そんな話をしながら、1階や2階をぐるぐると回っていた。
思う様に話が通じないので、だんだん声は大きくなるし、なかなか見付からないので、歩く速度も早くなる。
携帯で大きな声で話しながら、小走りする外国人を見て、「変な奴だ」と周りのタイ人には思われていたかも知れない。

ついに、妻の方からの提案で、「地下に、マクドナルドとKFCが並んであるので、そこで待って居る」と言って来た。
これで、確実に場所は特定出来る。
やっと合う事が出来る。
急いで地下に降りると、マクドナルドは直ぐに見付かったのだが、KFCが無い。
マクドナルドの店員に、「この辺にKFCは有りますか」と聞くと、「無い」と言う。
「・・・?」。

ここでまできて、やっと、「もしかして、妻はここのセンタンには居ないのでは?」という疑いが浮上して来た。
携帯で私、「何処のロビンソンに居るの?」。
妻、「ラッチャダーのロビンソン」。
そう言われても、ここもラッチャダーだし・・・?
実は昔(6~8年前)、今宿泊しているホテルの最寄駅「ファラム9駅」の1つ隣の「タイ文化センター駅」の近くに住んで居た事が有る。
その近くにも、ロビンソンデパートが有り、妻と行った事もある。
その事をすっかり忘れていた。
自分は、妻が最初に「ロビンソンに行く」と言った時に、てっきり、新しく出来たロビンソン(センタンに併設されている)だと思い込んでいた。
普通、ただ単に「ロビンソンに行く」と言えば、近い方を意味するとか、新しい店が出来たので行ってみたいハズである(1年程前に出来た。妻と来た事もある)、というのは、自分が後から考えた理屈で、妻の頭の中には、新しいロビンソンは無かった(自分の頭の中には、昔からあるロビンソンは無かった)。

自分のタイ語がもう少し上手いか、妻がもう少し協力的に動いてくれれば(例えば、初めに、会えなかった時点で、もっと分かり易い所へ移動するとか)、或いはもう少し、妻か自分に洞察力が有れば、ここまで苦労をする事は無かった。
どちらも同じロビンソンで、店舗の構成なども似ているので、話の内容が一部合致した事も間違いに気付くのを遅らせた。

この後、最終的にもう一度、「タイ文化センター寄りのロビンソン」である事を確認して、妻と娘の待つロビンソンへと向かった。
妻と娘は、待ちくたびれたという様子であったが、自分の方もショッピングセンターの中をぐるぐると歩き回った(走り回った?)のでとても疲れました・・・、というバカなお話でした。
でも、タイ人の妻と暮らしていると、似たようなコミュニケーションの行き違いによるトラブルは結構有ります。

余談ですが。
今朝食べた味噌汁はちょっと凄かった。
見た目は普通の、豆腐の入った味噌汁なのだが、箸を差し込むと下の方に何かゴロゴロした固い物が有る。摘んで見ると、牛肉が豆腐と同じくらいの角切りで入っていた。
ま、豚汁というのもあるので、牛汁も同じ様なものだと思って食べればいいか(ネットで調べたら日本にも牛汁は有るらしいが、それとはちょっと違う気がする)。
でも、朝から牛汁はちょっときつかった。
(折角、妻が作ってくれた牛汁なので出された分は全部食べたが、まだお鍋にいっぱい残っている。どおしよう・・・。)

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