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2013年1月の4件の記事

2013年1月28日 (月)

チェンライの日本人(1)

日本から見るとチェンライは遥か彼方にあります。
最も、古代進さんが行ったイスカンダルや夏目雅子さんが行こうとしたガンダーラよりは遥かに近いですし、南米のブラジル等と比べても距離的には随分近いです。
しかも、タイは日本と同じアジアにあって、人種的にも近いし、協調を重んじる社会である事なども日本と似ています。
ただ、同じタイではあっても、日本から直行便で行けるバンコクと違ってチェンライはそこから、また飛行機に乗って1時間強かかるので、やはり、「遠い」と言う感じは否めません。
チェンライ県の最北(タイ全体で見ても最北)にはメーサイと言う街が在り、もうそこはミヤンマーと国境を接する最果ての街です。

日本から遥か離れた、日本とは何の縁もゆかりも無い土地ですが、ここには何故か多くの日本人が暮らして居ます。
タイでも日本企業の進出しているバンコク近郊や工業団地のある所ならともかく、こんなタイの片田舎にこんなにも大勢の日本人が居るのはちょっと不思議な感じがします。
どの位の日本人が居るのか、ネットで調べたら2011年の在タイ日本国大使館の調査で、チェンライ県には376人(男263人、女113人)の在留邦人が居る、と言う数字が出ていました。
大使館の把握していない人も居ると思われるので、実態はこれ以上の人数が居ると思われます。
例えば、多分自分は、この376人には含まれて居ません。
何年か前の新聞(?)の広告で、「3ヶ月以上タイに滞在する場合は在留届けを提出して下さい」という記事を見た記憶がありますが、自分の場合ビザのMAXが90日滞在なので、それ以上タイに連続して滞在した事はないし、する気もないので在留届けは出していません。
ただし、新年の賀詞交歓会の案内がチェンマイの領事館より届いているので、もしかしたら在留邦人としてカウントされているのかも知れませんが、多分ただ単に、チェンライ日本人会の会員全員に案内状が出されただけという気がします。

チェンライ日本人会と言えば、昨日(1月26日)総会と懇親会があり、自分も出席しましたが、名簿には88人の正会員が登録されていた。
チェンライ日本人会の会員がチェンライに住む日本人の平均と言う事は無いと思うけれども、チェンライに住む日本人の傾向はある程度出ていると思う。
際立った特徴は高齢の日本人男性の多い事。
自分など61歳で若手と言うのも変だけれども、全体から見ると若手の方で、「若い人は~」、などと話しかけられる事もある。
本当に若い人も少しは居るので、その人達には申し訳ないが、「チェンライ日本人会」と言うよりは、「チェンライ日本人老人クラブ」と言った方が実態に近い。
仮に、チェンライ圏(近郊のパヤオ等も含む)全体で500~600人の日本人長期滞在者が居るとすれば、その内、日本人会に所属しているのは1~2割と言う事になる。
もっと、入退会の垣根を低くして、より多くの日本人が参加してくれれば良いと思っている。
40代50代の若手(?)がもっと参加して来れば、面白いと思うのだが。
もちろん、それより若い20代30代の人が加入して来れば、会はより一層活気付くと思うが、チェンライには本当の若手は絶対数が少ない。

自分にとって、チェンライ日本人会は随分と役に立っている。
チェンライでも市内ならば、他の日本人と知り合う機会もあると思うが、自分の住んで居る様な田舎ではなかなか日本人と知り合う機会はない。
今では、日本人会会員以外の方の知り合いも増えたが、元をただせば、日本人会で知り合った方の知り合いとか、さらにその方の知り合いとかである。
日本人会が無ければ、この様な知り合いのネットワークを作るのは難しかった。
そう言う意味で、日本人会を立ち上げた諸先輩方や会の維持発展に尽力して下さった、新旧の役員をはじめとする方々には感謝しています。
これからも、「会員相互の親睦会」として日本人会が継続される事を願っています。

で、チェンライの日本人に就いてですが、先程も書いた通り、日本人会の会員に限らず、比較的高齢の男性が多い事が特徴です。
(日本人会は特に高齢化が進んでいる気がするが、全体としても高齢者が多い様である)
その中でも、タイ人の女性と結婚または恋人関係(?)にある男性が多い。
もちろん、そうでない方も沢山居ますが、やはりタイ人のフェーン(タイ語で配偶者や恋人関係にある人を指す言葉)を持つ男性が多い事が目立ちます。
かく言う自分もそうなのですが。
ま、結論から先に言えば、タイ人の嫁さんを持つのは大変です。苦労します。日本人の感覚からすると理不尽な事も多々あります。本当に困ったものです。・・・・・ (T_T) 。
経験の無い方に上手く説明するのは難しいのですが、毎日が戦いの連続、悪くすれば針の筵(むしろ)の生活を強いられます。
もちろん、此れも個人差があって、上手くやっている様に見受けられる方も居りますが、よくよく話を聞くと結構修羅場を潜り抜けて来たと言う事もある様です。
此れは、日本人(外国人)とタイ人との結婚に限った事なのか、タイ人同士でも同じなのか、と言う疑問が湧きますが、自分の知っている範囲では、タイ人同士でも同じ様なもの、と言う気がします。
まあ、日本人とタイ人との結婚の場合、比較的年齢差がある場合が多く、言葉も文化も違うので、順調な家庭生活を送るには不利な要素も多いとは思います。
それでもタイ人と夫婦関係に成る人がいるのは、「何でも思い通りにはならない」、と言う事に尽きると思います。次善の策としての選択です。
次善の策としての選択が結果として良い選択に成る事もあるでしょうし、そうでない事もあります。
タイ人には、日本人イコール金持ちというイメージがあるので、その事が、日本人がタイ人と結婚する垣根を低くしている大きな要素である事は事実だと思います。
結婚して散財を重ねた挙句、破局に至ると言う話はよくあります。
(そこまで行かずに、「あっ」と言う間に終わってしまう事もある様です)
(ある程度続いた場合、大体、土地も家も車も奥さんの名義なので、日本人の夫は身ぐるみ剥がされて追い出される事が多い様です。それぐらいのリスクはこの土地に住む者として覚悟して於いた方がよいという気がします)
(妻の方が出て行く場合でも、計画的にある日突然、夫の留守を見計らって、金目のものを全部持って出て行ってしまう事もある様です。此の様な事はタイ人同士の夫婦でも起こります)
出来れば、日本人としては、1、2回の失敗ではビクともしない、精神力と生活基盤が欲しいものです。
よく見ていると、そういう人は、この辺境の地でも結構上手く、しぶとく、暮らしている感じがします。

チェンライの日本人(2)へ続く。

2013年1月13日 (日)

日本とタイ、暮らし易いのはどっち(季節別)

本当に寒い。
天気予報によると今の寒さは、何年か振りという寒さらしい。
外を歩いていると余りにも寒くて、なんでこんな時に日本に居るのか、バカじゃないかと思えて来る時がある。そういう時は、一刻も早くタイに戻りたくなる。
ここ10年間程のタイ生活で(と言っても1年の半分程は日本で生活している)、熱帯人化していて、寒さに対する抵抗力が、弱まっている気がする。
(体の問題もあるが、タイの楽な暮らしを知っていると、精神的にも寒さに耐えられない)
(家の中に居る時は、暖房が利いているので良いのだが)
「何でタイなのか」「タイのどこがいいのか」、と言う質問に対して、普段は、「タイ人の穏やかな性格が良い」とか「物価が安いので暮らし易い」とか答えているが(本当はちょっと違うが、この事を書くと長くなるので今回は省略)、今なら迷わず、「バカみたいな寒さが無いだけでも、タイに暮らす価値は十分にある」、と言いたい。

自分は、日本(東京)とタイ(チェンライ)を往復する生活をしているので、どうせなら、季節の良い時に、日本とタイを住み分けたいと思っているのだが、色々な事情があって、なかなか思い通りにはならない。
しかし、諸事情を考慮せず、単純に「暮らし易い季節」「快適な気候」というだけで日本とタイを住み分けるとどうなるのか、日本の方が快適な季節はいつなのか、タイの方が良いのはいつなのかを考えて見た。
(「暮らし易い季節」という基準で考えるので、少なくとも1か月以上滞在する場合について考えます。短期の旅行に適した時期、とは必ずしも一致しないです)
また、日本と言っても、東北や北海道の様に冬の寒さの厳しい地域も有れば、九州や四国の様に温かい地域もあるので、一概には言えない。
ここでは、自分の日本での生活の拠点である東京を基準として考えます。
タイは一応、タイの生活拠点であるチェンライを基準として考えますが、タイの場合は何処でも暑いので、何処でもそれ程違わない気がします。
(チェンライはタイの中では暑さが弱い方ですが、それでも暑い事に変わりはありません)

まず、今の季節、日本は冬、タイも寒季は、圧倒的にタイの方が暮らし易い。
月で言うと12月~2月までの3か月間。
この季節のタイは、早朝は少し寒いと感じる事もあるけれども、寒いと言っても、短パン・Tシャツ姿で寒いと感じる程度で、もう一枚何か(セーターなど)を羽織れば良く、日本でいう「寒い」とは全く意味が異なる。
日中は短パン・Tシャツで快適に暮らせるし、雨が降らないのも良い。
綺麗な花が沢山咲いたり、美味しい果物が色々あるのもこの季節だったと思う。
この間、日本はどうしようもなく、只々寒い。
(2月は花粉症もつらい)
(東京は雪が余り降らないのでまだ良いが、新潟・福島以北の雪の積もる地域はもっと大変だと思う)

次に3月。
ここは、日本はまだ寒く、タイは暑く成って来る。
暑いのが苦手な人は日本の方がいいかも知れないが、自分は寒いのがより苦手なので、タイの方がいい。

4月~6月の3か月間。
日本では春から初夏にかけての季節。ここは、日本の方が良い。
4月の初め頃はまだ少し寒いけれども、4月の途中から梅雨が始まる6月の中旬(?)頃までは、日本は暑くもなく寒くもない快適な気候になる。雨も少ない。
4月の桜・桃、5月の新緑の芽吹き、6月のあじさいなど自然の風景も良い。
(「あじさい」を見るには、梅雨にかかりますが)
この間、タイはどうしようもなく、只々暑い。40℃を超える事さえある。

7月と8月は、日・タイ、引き分け。
どちらも暑い。そういう意味では、どちらも快適ではない。
ただ、タイの場合は1年で一番暑いのは、4月~5月にかけてで、7月8月は暑さは少し収まっている。ただ、基本的に暑い地域なので、日本と同じくらい暑い事に変わりはない。
8月の上旬ぐらいの一時期、日本の方が暑い、と感じる時があるがその時期はタイの方が暮らし易いかも知れない。
(東京は、街がコンクリートで覆われている事や排熱の関係でより一層、暑く感じる。タイは、基本的に1年中暑いので、建物の構造なども日本よりも暑さに配慮されて作られていて、効果的に日影を作ったり、壁の無い風通しの良いスペースも多い)
(また、此れは気持ちの問題で個人差もあると思うが、タイでは短パン・Tシャツという軽快な格好で何処にでも出歩けるが、日本ではちょっと躊躇ってしまう所もある。タイ人でも、短パンは見苦しいと思う人が多い様ではあるが、外国人の格好には無頓着な人が多い)

最後に、9月~11月の3か月間。
日本の秋から初冬の期間。
ここは、日本の方がやや優位。
残暑が終わる9月の中旬ぐらいから10月いっぱいぐらいは、快適な気候で過ごし易い。
紅葉とか秋の食べ物とかの楽しみも多い。
11月は寒くなって来ると(紅葉の終わった頃以降)タイの方が良い。
(とにかく「寒い」のは嫌いです)

日・タイの気候の良し悪しを比較して纏めると以下の様になる。
(あくまで、自分の個人的な見解です)(寒いのは嫌いな方です)

     1月  2月  3月  4月  5月    6月   7月  8月  9月  10月  11月  12月
日本   ×   ×   ×   ○   ◎    ○    △   ×   ○   ◎    ○    ×  
タイ    ◎   ○   △   ×   ×    △    △   △   △   △    ○    ◎
どっち  タイ  タイ  タイ 日本  日本  日本    -   タイ  日本  日本      -    タイ
が良い

    ( ◎非常に快適、 ○快適、 △普通、 ×過ごし難い )

尚、雨に関しては、日本での雨は嫌いだけれども、タイに居る時は雨が降ると暑さが和らぐので、「雨も良いな」、と思う事が多い。
(タイの寒季は、それ程暑くないので雨は要らないが、もともとタイの寒季は乾季なので雨は降らない)
(備考。乾季の中に暑さが和らぐ寒季と、猛烈に暑い暑季があります)
(観光でタイに来る場合は、雨季の5月~10月はちょっと具合が悪いかも知れません。でも「ちょっと」です。殆どスコールで、一日中、雨が降っている事は少ないです)

以上の結果から、もし気候だけの条件で、日本とタイを行き来するとするならば理想は以下の様になります。
(あくまでも、寒さが嫌いな自分の場合で、東京とチェンライを比較)(タイでも、バンコクやプーケットでは、少し違って来ます)

① 11月下旬の(日本の)紅葉が完全に終わった頃タイに来て、冬の間は涼しい(正確には、ほんの少し暑い)タイで暮らす。

② 4月の桜も見たいので、3月の終わり頃、日本に行って、快適な5月(と一部6月)を日本で過ごす。

③ (日本で)梅雨が始まる6月下旬頃タイに来て、雨季の7月8月はタイで過ごす。

④ 残暑の残る日本に9月の上旬ぐらいに行き、日本の秋を満喫し、寒くなる11月下旬頃まで日本で暮らす。

「1年で日・タイを2往復、日本とタイを半々で暮らす」というのが、気候条件から見た(自分の)理想です。
しかし、実際には12月、2月(or3月)は日本に用事があるし、3ヶ月に1回ぐらいは日本に戻る必要があるので、なかなか思う通りにはなりません。
(タイの家族を放って置く分けにも行かないし、日本の母を放って置く分けにも行かない)
(娘の学校もあるので、家族を日本に連れて来れる時期も限られる。3月中旬~5月上旬の学校が休みの時に1か月ぐらい、日本に留学させる事は可能で、この時期は季節的にも日本の方が暮らし易いが、ソンクランがあるのでそれも考慮する必要がある)
(7月8月はどちらにしても暑いので、この期間は南半球にあるオーストラリア辺りで暮らすのも良いかも知れない。日本の涼しい高原で暮らすという手もある)


追記(2013/1/14)

今日、東京に大雪が降りました。
天気予報によると7年振りの大雪だそうです。
寒い上に雪まで降っていると外に出る気がしません。
専ら、こたつでテレビです。
しかし、流石に運動不足が心配なので、家の前の雪かきをしました。結構いい運動になりました。
午後6時30分現在、まだ雪は降り続いています。外気温は1℃です(天気予報で言ってました)。
昨日から買い物に行っていないので、冷蔵庫の中の食べる物も無くなりました。
それでも、此れから買い物に行く気もしないので、最後は地震などの災害に備えて買ってある「乾パン」、でも食べようかと思っています。
極寒(?)の日本から、温かい(暑い?)タイへ、5日後に戻ります。


追記(2016/09/09)

一部加筆修正しました。
更に、Wikipediaより、チェンライの気候の表を追加します。


M10


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2013年1月 2日 (水)

謹賀新年(日本にて)

2回目ですが、もう一度、新年明けましておめでとうございます。

相変わらず、一人正月です。
大晦日は紅白歌合戦を見ました(この前の記事「2012紅白歌合戦を見ました」に記載)。
一応、昔からのしきたり(?)に従って、年越しそばも食べました(と言っても、インスタントの日清のどん兵衛鴨だしそば、ですが)。
元日は年末に買った、おせち、なども食べました。
いわゆる、「一人おせち」です。

「1年の計は元旦に有り」と言う事なので、何か考え様と思うのだが、なかなか良い考えが浮かばない。
ここ数年、生活が守りに入っていて、それなりに上手く行っているとは思っているのだが、何か欠けている気がする。
このまま、単に年を重ねて行くのはもったいない気がするので、頭と体が何とか使える内に、新しい展開を考えないといけないと思うのだが、良いアイデアが浮かばない。

昨年を振り返ると、概ね良い年ではあった。
特筆すべき幸運はなかったけれども、家族3人が元気で、娘も順調に育っている事がなによりで、親戚や知り合いにも、大きな不幸が余り無かった事も良かった。
経済的には、「可も無く不可も無く」、と言うところで、1昨年の年度末と比べると、資産は円ベースでは12%増えたが、バーツベースで計算すると3%の減少となった。
昨年末の円安バーツ高で、円ベースでの資産は増えたが(外貨資産の評価額が上がった事と株価が上昇した事の効果)、バーツに換算すると減少した。
タイの物価の上昇率の高さを考えると、今後も資産の目減りには、より一層の注意を払わねばならない。

先程(元日)ブログの取材を兼ねて、2時頃から2時間ぐらい、街を散策して来た。
日影は少し寒いけれども、良く晴れていて風もほぼ無風だったので、日向を歩けばそれ程寒くはない。
日の光を温かいと感じる感覚は、タイに居ると忘れていた感覚で、日本に来て思い出した。

始めに行ったのは、家の近くに有る大きな公園(600m×400mぐらい)で、正月らしく凧揚げをしている人がいた。
10人ぐらいの人が凧を揚げていたが、風が殆ど無い為か、きれいに上空を飛んでいる凧は少ない。空を舞ってる凧は2つぐらいしか無かった。
タイの凧は三角形の凧が多いが、日本は四角い凧だと思っていたのだが最近は、昔の様な四角い凧ではなく、ハンググライダーの様な三角形の凧が一般的な様で、全ての凧が三角形の凧だった。
角松を出している家も減っているし、当然の事ながら、日本のお正月も少しずつ変わって来ている。

次に、30分ぐらい歩いて神社へ行って見た。
この神社は、比較的家に近い寺社では一番大きなもので、年に数回は散歩で来るが、何時もは空いている。
元日に行くのは初めてで、正月なので「少しはお参りに来ている人も居るかな」と思ったのだが、予想に反して、「少し」ではなく「沢山」の人がお参りに来ていた。
縁日の屋台が十数店出ていて、たこ焼き、焼きそば、焼き鳥、おでん、とうもろこし、わたあめ、甘さけ、などの日本の縁日の定番の屋台の他、フランクフルトソーセージやケバブの屋台まで出ていた(バンコクのソイナナ北の屋台のケバブ、美味しいです)。
射的などの遊戯施設の屋台もあったし、正月らしくダルマを売っているお店もあった。
(マイフォトに写真あります)

娘が居たら喜びそうで、来年は連れてこようかとも思ったが、チェンライ-東京 間はそれ程簡単に行き来出来る距離ではないし、タイの場合は正月休みも短いので、この時期に連れて来るのは難しい。
それに、わざわざこの寒い時期に日本へ連れて来なくても、と言う気もする。

本殿へ向かう道はとても混んでいて、お参りする為には30分~40分、列に並ばなければならないと言う事なので、自分は列には並ばず、本殿の近くまで横道を行って、初詣の雰囲気だけを見る事にした。
破魔矢を売っていたり、笛や太鼓の和楽器の演奏(実演)などもあり、近場の神社の割りには、ちゃんとお正月をやっていた(神社だから当たり前か?)。

次に、何時もの(と言っても、年に4~5回)散歩コースに従って善福寺公園へ行って見た。
この公園は、真ん中にある大きな池を取り囲んで遊歩道があり、春には桜が咲いたりする、広くて綺麗な公園である。
全体的に空いていたが、ポツポツと散歩を楽しむ人が居たり、ベンチに座って日向ぼっこをしている人などが居た。
日本のお正月はタイのお祭りと違って、静かで落ち着きがある。
余裕が感じられるし、大人の雰囲気がする。
タイのお祭りは、例えばソンクランの「水かけ祭り」の大騒ぎとか、ロイカトンのコムロイや大きな音の出る花火など、とにかく目立つ事・派手な事が好きで、騒々しいだけで、心のゆとりが感じられない。
(タイ人は、季節の移り変わりを感じながら散歩したり、自然の景色・風・光などを感じながら散策したりする様な事はしない)

公園をぐるっと一周してから、今度は、街の方へ行って見る事にした。
特に買いたい物があった訳ではないが、正月の街の様子を見てみたかったので、荻窪駅の方まで行って見た。
お店は、コンビニ、ドラッグストアは、ほぼ全店営業している。
スーパーマーケット、レストランは半々で、個人商店は殆どお休みしていた。
全体的に人通りは少ないけれども、営業しているレストランには、結構人が集まっているお店もあった。
いつも良く行くスーパー(西友ストア)が開いていたので、折角なので食材を少し買ってから家へ戻った。

家では、ブログの原稿の下書きなどをして、今年のブログの書初め(入力初め?)として、「2012紅白歌合戦を見ました」などを入力してから、後はテレビ三昧で(「相棒」などを見ました)過ごした。
最近はチェンライでも、日本のテレビを見ている人が増えている様だが、やはり日本のテレビは面白い。


追記。

新しい年が、皆様にとって素晴らしい1年でありますように。

2013年1月 1日 (火)

2012紅白歌合戦を見ました

あけましておめでとうございます。
本年も宜しくお願い致します。

昨夜(大晦日)は久しぶりに NHK の紅白歌合戦を見ました。
昔は(20年以上程前)は大晦日は紅白歌合戦を見るのが恒例だったが、10年程前から、あまり見なくなっていた。
昨夜は、一応全部見たが、知っている歌手は半分ぐらいしか居なかった。
歳のせいか、タイの田舎に引込んで暮らしているせいか、だんだん世間の流れから取り残されて行く様な気がする。
結構古い歌手も出て来たので、その人達は分かったのだが。
最近の歌は、早口言葉の様な歌が多くて、カラオケで歌うのは難しそう、とも思った。

面白いと思ったのは、歌よりもむしろ、歌手(orグループ)のネーミングで、ももいろクローバーZ、とか、いきものがかり、とか、きゃりぃぱみゅぱみゅ、と言った変な名前で、いったいどういう意味なのか。
例えば、ももいろクローバーZ。
女性のグループなので、ももいろクローバーまでは何となく分かるのだが、最後の Z は何の意味なのだろう。
いきものがかり、もよく分からない。
給食係りとか、お掃除係りとか、なら分かるのだけど、生き物係り、て、何だろう。
生物の先生か・・・?。動物園の飼育係りか?。
中でも一番意味不明なのが、きゃりーぱみゅぱみゅ、でこれはもう何の事だか、おじさん(おじいさん?)にはさっぱり分かりません。
でも、何となく面白いので許します。
でも、この1人と2組(?)、番組自体は結構盛り上げていたと思う。
きゃりーぱみゅぱみゅ、が縫いぐるみのオバケの様な恰好で出て来た時は、「なんじゃこりゃ」と思ったが、歌の題名が、ファッションモンスター、なので納得。
ももいろ~も踊りが上手いし明るい感じでいい。
女性歌手の最後に歌った、いきものがかり、もオリンピックの歌(?)を歌って、今回の歌合戦の一等賞だという気がした。

男性歌手(orグループ)のネーミングには、如何にも手抜きと感じられるものがあって、代表的なのが、NYC とか、HY とか、AAA の様なアルファベットだけのもの。
特に AAA(トリプルAと呼ぶらしい)などは、本当に面倒くさくて適当に付けたネーミングの様な気がする。
(昔、仕事でプログラミングをしていた時に、変数名に普通は、SYOUKEI とか GOUKEI の様に後で見て分かり易い様に、意味のあるネーミングをするのだが、面倒くさくなった時に、AAA とか BBB の 様なネーミングをした事がある)

その他に印象に残ったのは。
矢沢栄吉さん、年齢は自分より、2つ上の63才と言う事だが、かっこいいね。
昔懐かし、今では大御所の歌手の方も数人出ていたが、かっこ付けてはいるのだけれども、如何にも年寄という感じが拭えない方が多かった。
同じ様な年齢でも、年寄臭くなる人とそうでない人、どこが(何が)違うのだろう。

でも、五木ひろしさんなど、昔から歌の上手い人は、歳を重ねても上手いのでいいが、そうでない人も居るので、旬を過ぎた人で、歌が下手だと、見ている(聞いている)方もちょっと辛い。

もう一つ感じたのは、今の若いタレントさんは男性も女性も踊りが上手い事。
昔も、金井克子さん(西野バレエ団)の様に、踊りの上手い人も居たけれども、今は殆どのタレントさんが踊りが上手い。
踊りで、やっぱり華やかなのは女性のタレントさんだけれども、ジャニーズ系の人達(4組出場?)も頑張っていた(EXILEもいたね)。

踊りと言えば、AKB48 は数が多すぎて誰が誰だか判らん。もっとも昔のモーニング娘の時もそうだったが。
分かるのは、板野さんぐらい。
(因みに、 SKE48 は全く分からん)

紅白歌合戦全体として、もっと若い人とか、最近流行りの人が出て来ると良いと思うのだが、どうも古臭い人が多過ぎる気がした。
家入さんとか、若手をもっと出せばいいのに。

あと、堀北真希さんの司会も良かった。
3丁目の夕日、の頃は如何にも「田舎から出て来た芋ねーちゃん」と言う感じだったが(最もそういう役柄だった)いい女優さんになったものだ。
さすが女優さん、セリフを覚えるのは得意な様で長時間の司会を無難に、こなしていた。

タレントさん以外では、タイムトンネルのような舞台装置が印象的であった。
あれ、どういう仕掛けになっているのだろう。
NHK が頑張って、金を掛けて作ったのかな。

全体としては、まあ、面白かったのだが、ちょっと気になったのは、たかが歌謡ショーに、何か特別な意味を、無理やり持たせようとしているところが鼻に付いた。
年末なので、多少はしょうがないとは思うのだが、出る人出る人に、「絆」とか「復興」とか言う事を執拗に要求している様で、鬱陶しかった。
基本的に歌謡ショーなのだから、その年の旬な人が、「一年の最後を締め括って歌う」と言う事でいいと思うのだが。

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