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2013年9月29日 (日)

娘は日・タイのハーフ(1)

2013年3月~9月の記事を纏めたものです。


2013/09/29(娘と勉強)(タイにて)

娘(小学校3年)の学校は明日(9月30日、月曜)から3日間、前期の試験になる。
他の科目は分からないので、算数で試して見た。
適当に、「23×7は幾つ」と聞いて、「タイ語で×はなんて言うの?」と聞いてから、「23 คูณ 7 (ギーシップサーム クーン チェット) は幾つ?」と言い直して質問する。
娘、暫く考えてから(暗算で)、「161(ローイホックシップエット)」、と回答。
私、「ピンポーン、ピンポーン、せいか~い!」。合ってるじゃないか。
日本の小学校のレベルは知らないけれども、タイなら、これくらい出来れば上出来かも知れない。
ちょっと前までは、1桁の掛け算(九九)も怪しかったのに、ちゃんと進歩している。
今度は、足し算 「2004+9 (ソンパンシー ブアック カーウ) は幾つ?」。
娘、また暫く考えて、「2013」。これも合っている。
私、「生まれたのが2004年で、今、9歳だから、今年は2013年だよ」と(タイ語で)説明。
娘、「そう言う事か~(日本語)」。
でも、タイは西暦ではなく仏歴(?)だから、娘がホントに理解したかどうかは分からない。

実はこの娘、小学校の1年間を日本で勉強して、日本語が上達したのは良かったのだけれども、タイに戻って来て、小学校2年生の前期の試験で、ちょっと危なかった事がある。
なので、心配していたが、最近は追いついて来たようなので、ちょっと安心している。
自分としては、成績はそんなに良くなくてもいいから、落第だけはしないレベルを維持して欲しいと思っている。
(タイは、小中学生でも、結構落第させる様で、家の近所にも落第したり、落第しそうに成って、レベルの低い学校に移った子供も居るという話)

まあ、娘の事は、だんだん大きくなればなる程、娘が自分で何とかする問題で、親はちょっと環境を整えたり、求められればアドバイスをする程度が良いと思っている。
(子供では、判断出来ない問題もあるので、そう言う事は注意して見ている必要は有ると思う)
そして、願わくば、早いとこ、いいのを見付けてくれたら、と思っている。


2013/09/21(娘の遊び場)(タイにて)

昨日から妻が所用で出掛けている。
家は娘と2人なのだけれども、よく考えて見ると、小学校3年の娘、学校以外は殆ど親と一緒にいる。
自分が子供の頃の事を思い出して見ると、遠い昔の事なので記憶が定かでないが、小学校3年生ぐらいの時は、学校から帰ったら、大体外で友達と遊んでいた気がする。
娘は、小学校の1年生の時は日本で過ごしたが、その時の方が外(児童園や友達の家)で遊んでいた。
娘に、「友達は居ないの?」と聞いたら、「学校に居る」と言っていたが、学校以外で一緒に遊ぶ友達は余りいない。

娘は、割と社交的な方だとは思うのだけれども、友達を作ると言う点では、環境が悪いのかも知れない。
まず、学校。
車で送り迎えしなければならない程遠いので、近所に学校の友達が居ない。
それ以前に、村の中に同世代の子供が少ない。
村の中では、3~5歳ぐらい年上のお姉さんと遊ぶ事もあるが、ちょっと年が離れているので、そう何時もは相手をしてくれない。
家庭環境の違いも大きいかも知れない。
近所の子供は、普通の田舎の子供。日本人から見れば、かなり貧しい家庭。
うちは、普通の日本人並の生活が出来る家庭。近所の家から見れば、お金持ちの家。
タイは割と階級社会という面があるらしいので、そういう点で対等の付き合いが、子供でも難しいのかも知れない(日本では、そんな事はないけど)。

昔、娘がまだ小学校に入る以前、近所の子供達が、娘の周りに集まって来た時があった。
その中には、ちょっと書きにくいけれども、一種の「たかり」みたいな子供もいて、遠ざけた子供もいた。
本当に小さい頃はそういう感覚が分からなかったと思うが、娘も小学生に成って、そういう感覚が分かってきたのかも知れない。

妻は特に気にしてない様なので、自分も、タイ人の社会とはこんなもの、と思う事にしているが、朝からずっと自分の周りでパソコンで遊んでいる娘を考えると、ちょっと心配に成って来る。


2013/09/12(娘の誕生日)

今日は娘の9回目の誕生日。
タイに来て、最大の成果はこの娘が出来た事で、順調に育っている事。
このブログではタイ人の事を否定的に書いている記事が多い(と思う)が、実はタイの生活、案外、気に入っている。
娘が伸び伸びと育っているのを見ているのは悪くない。
まあ、日本だって子育ては出来るけれども、妻はタイ人だし、日本の場合、気儘にのんびり子育て、という訳にも行かないので、タイで、のんびり親父(のんびり爺さん?)を決め込むのも悪くない。
(タイだと、学校関係は妻に任せられるが、日本だと自分がやらなければならない。小学校のPTAの会合などで、他のお母様方に混ざって爺さんが一人だけ、というのも嫌だし)

何時も、Tシャツと短パン、仕事もしないで昼間からプラプラして、飲み会や麻雀を周囲に気兼ねなく出来るのも良い。
日本だと、ある程度、世間体とか周囲の目を気にする必要があるので煩わしいが、此処はそういう事はない。
周りの人は、何をしようと無関係(無関心ではない)だし、しかも外国人には好意的な人が多く、特に日本人にはそうなので、そういう面では暮らし易い。

まあ、先の事は分からないけれども、暫くは此処でのんびり暮らす事に成りそうです。


2013/04/17(九九、メーサクー)(日本にて)

娘が小学校3年の算数の宿題をやっている。
分からない所を自分に聞いてくるのだが、これを教えるのは結構厄介。
見た目は 3×3=□ とかで日本もタイも同じらしいのだが、これを「さざんがきゅー」と教えるのは娘の日本語能力からして短時間ではムリ。
しょうがないので、タイ式に「サーム、サーム、カーウ」と教えるのだが、自分の頭の中では一旦、日本語で計算してからタイ語に翻訳するので、ちょっとタイムラグが出来る。
試しに、チェンライでは 3×7=21 を「サーム、チェット、サオエット」と教えるのか聞いたら、やはり「サーム、チェット、イーシップエット」と標準語で教えるらしい(あたりまえか)。

算数でも文章問題になると、もっと難しくなり、日本語の意味から教えないといけないので、さらに厄介。
大体、娘の頭の中では、何処まで日本語で考えて、何処までタイ語に変換して考えているのか、良く分からない。
娘に聞いてみたところ、例えば、「午後5時30分の40分前は何時?」という問題では、一旦タイ語に変換して考えているらしい。
日本語で覚えた算数の知識が、タイに戻った時、役に立つのか、という疑問もあるが、数の本質は日本でもタイでも同じなので、役にはたつと思うのだが。

今のうち(小学校3年ぐらい)なら何とか教えられるが、小学校の高学年になったらもう無理かも知れない。


2013/04/09(娘と友達)(日本にて)

昨日から学校が始まったが、今日はもう友達を家へ連れて来て遊んでいた。
娘は同世代の子供と遊ぶのが大好きで、人種・言語・文化の違いを気にせず(?)、すぐに遊び友達になる。
昔、空港のちょっとした待ち時間にファランの子供達と仲良くなり、遊び回っていた事もあった。
この点に関しては、人付き合いの苦手な父のDNAは受け継いでいない様だ。
多文化・多言語の環境で暮らすには適しているのかも知れない。
友達を作るには、タイよりも、平等な関係の築ける日本社会の方が良い様な気もする。


2013/04/08(始業式)(日本にて)

今日は娘の小学校の始業式。
今日から1か月間、3年生として、この学校で勉強(?)する。
始業式は普通、親は参加しないのだが、転校生の場合は別。
娘は、手続き上は「一時帰国就学者」なのだけれども、転校生とほぼ同じ扱いになる。
なので、今日は他の10人の転校生の親と同様に始業式に出席した。
とは言っても、単に横で見ているだけなのだが。
こういう学校の行事に出て何時も思う事は、他の生徒さんの父兄は大概、お母様が出席されるが、うちは、(タイ人の)母親が出て行っても訳が分からないので、何時も自分が出席する。今日も、他の付き添いの父兄は自分以外全てお母様。
30代~40代のお母様方に混ざって60代の爺さんが居るのは、傍から見ると違和感がありそうだけれども、しょうがない。
でも、今日は春らしい良いお天気で、校庭での始業式は、清々しい感じがして悪くはなかった。
娘は、小学校1年生の時に1年間この学校に在籍していたので、先生も生徒さんも顔見知りが沢山居て、慣れたもので、安心して見ていられた。
授業をして下さる先生方には申し訳ないが、学業の方は出来なくても良いから、他の日本人のお子さんと十分に遊んで、日本人の子供の生活を1ヶ月の間楽しんでくれたらと思っている。


2013/04/05(ねぎとろ巻き)(日本にて)

夜食用に、「ねぎとろ巻き」と「お稲荷さん」、を買って置いた。
10時頃、小腹が空いて来たので食べる事に。
隣に娘(日・タイのハーフ、8歳)が居たので、「お稲荷さん食べる~」と声をかけるが、娘、「いらなーい」との返事。
ねぎとろ巻きは、まさか食べないだろうと思って、自分だけで食べていたら。娘、「それなぁ~に」と聞いて来る。
試しに、1個食べさせてみたら何故か気に入った様で、残り3つの内2つを、「これ私のー」と言っている。
しょうがないので、「最初はグーする?」と言って、「最初はグー」「じゃんけんポン」「あいこでポイ」。
結果、自分の負けで、5個の内3個を娘に食べられてしまった。結局、自分は2つしか食べる事が出来なかった。
だんだん(正しい)日本人に近付いて来るのは良いのだが、困る事もある、と言うお話でした。


2013/04/05(娘と桜)(日本にて)

娘と家の近所の公園を散歩した。
桜は3分咲の反対で7分散り(そういう言葉はあるのか?)だった。
ソメイヨシノはもうそろそろ終わりだが、しだれ桜は今が満開。
風が吹くと花びらが、ひらひら、と散って来る。
娘が一生懸命、落ちて来る花びらをつかもうとしているが、なかなかつかめない。
試しに、自分もやってみたが、意外と難しい。
娘がやっとひとつ、つかんだ。
ピンクの絨毯という程ではないが、地面に落ちた花びらが風に吹かれて、さざ波の様にきらきらと流れている。


2013/03/28(娘とマカロニ)(タイにて)

娘が起きて来て、「お腹が空いた~」「またマカロニが食べた~い」、と言う。
「マカロニは有るけど、もう、かけるソースがないんじゃないかな?」「ちょっと冷蔵庫を探して見るネ」、と言って、冷蔵庫を探したら、「おいしいミートソース」と言うのが有ったので、またまた、マカロニを作る事に。
それにしても、ホントに何時もインスタント食品ばっかだな。
娘が、「料理とはインスタント食品を作る事」と勘違いしたら困るなと思いつつ、料理を手伝わせる。
流石に、もう手順を覚えていて、茹でた水を切るザルを用意したり、電子レンジを指差して、次の手順をアピールして来る。
2つお皿を用意するのが面倒くさかったので、1つのお皿に盛って、スプーンで真ん中から分けて、こっちが娘の分こっちがパパの分、として食べた。
今回の、マカロニミートソースも好評であった。

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