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2014年5月30日 (金)

群れたがる2

タイに来始めて12年にもなると段々タイ人化してくる。
始めの頃は、「なんてバカな奴らだ」と思った事が、自分でも似た様な事をやり始める。
これも、その一つ。

今日、嫁(タイ人)に、「お母さんの家へ行くので、一緒に来るか」と誘われた。
自分は、別に何も用事が無いので一緒に行く必要は無い。
しかし、家に居ても、大した用事も無いので一緒に行く事にした。

始めの頃は、例えば、婚姻届を出すのに一族の人達が8人も役所に付いて来たり、バンコクに住んで居た頃、家族でチェンライに遊びに来ると、何人もの人達が空港に出迎えに来たりした。
(その他大勢の人は、ピックアップトラックの荷台に乗ってやって来る)
(村から空港までは1時間程かかる)
その時は、「そんなに関係ない人達まで大勢で来ても、君達、時間のムダだろ!」「よっぽど暇なのかい?」と思った。
お婆さんの家(今はもう無い)に泊って居る時でも、親戚の人達が昼間から、(見学に?)来てブラブラ(?)していた。
「平日の昼間から、いい大人がフラフラ遊んでないで、少しは真面目に仕事をしろよ」と思ったりもした。

最近は、お婆さんが亡くなったり、お義父さんが亡くなったり、したので、以前程一族の人達が大勢で集まる事は少なくなったが、それでも、何かの用事で、お義母さんを呼びに行った時など、関係のない近所の人達まで付いて来て、「なんでやねん」と思った事もある。
(その後、皆で食事をしようと言う事になって、「成る程、そういう事か」と思った)
(ちょっと勘ぐり過ぎかも知れないけれども、今日はATMが一緒にいるからネ)

で、自分の場合。
基本的に仕事はしていないので暇である。
だから、嫁に誘われれば、お義母さんの家へ行く事に問題は無いが、別に行かなくても良い。
では、何で行く気に成ったかと言うと、田舎の生活は単調なのである。
毎日、同じ景色、同じ様な人達と顔を合わせて、同じ様なものを食べて、同じ様な生活をしている。
日本なら(東京なら)、今日は何をしようか、何処へ行こうか、何を買おうか、何を食べようかなど、色々考える事が出来るが、チェンライの田舎では選択肢が殆どない。
外に出ても暑いだけで、大したお店も無いし、遊ぶ所も文化的施設も何もない。
(美味くもないクイッテオ屋さんと、面白くも無いお寺が有るくらい)
なので、少しでも変化を求めて、何か機会があれば出掛けようという気持ちが強くなる。
多分、これは地元のタイ人も同様で、「暇」というよりは、「退屈(生活が単調)」なので自分に直接関係のない事でも、人が何処かに行こうとすれば、付いて行こうとする。

実は、この傾向、自分や周囲のタイ人だけではなく、チェンライに住む多くの邦人にも、当て嵌まる気がする。
自分は、麻雀が趣味なのだけれども、麻雀をしている時にも、結構、麻雀をされない方が集まって来る。
まあ、日本人がチェンライで集まるのは、交友関係を深めるとか、情報交換を行う為とか、「タイ人の集まりたがりの習性」、とは若干違う気はするが、根底には「田舎暮らしの退屈さ」が一つある気がする。
特に、日本人(外国人)だと周りのタイ人との交流も少ないので(例外もある様です)、余計退屈する。

因みに、自分は日本(東京)でも、昔はバンコクでも、よく麻雀をやったが、そこに麻雀をやらない人が混ざる事は無かった。
(兎に角、麻雀をやるのが第一の目的で、食事も麻雀をやりながら食べた)

そういう意味では、都会の人間の方が、行動に目的意識を持っている気がするし、退屈なので集まる、というのは少ない気がする。
逆に、チェンライの様な田舎では、生活が単調なので、特に目的が無くても、人とつるんで出掛けるという事もある。

これは、どっちがいいのか、どちらが正しいのか、ケースバイケースで一概には言えないと思うが、都会暮らしの長かった自分としては(50歳迄は東京、その間に7カ月間程大阪、それ以降はチェンライ、バンコク、東京などを渡り歩く生活、尚、時々山梨県北杜市で生活)、目的意識を持った行動を基本として来たが、最近はそういう理由で、ちょっと変わって来ている。
(別に、用事も無いのに、嫁の用事に付き合って一緒に出掛けたりする事)

尚、タイ人の、「群れたがる」という性質に関しては、もっと別の大きな理由が考えられるので、それは、そのうち、「群れたがる3」にて書く予定です。

余談。

「群れたがる」、このタイトル1回使った様な気がして調べてみたら、「ちょっとした事2013年11月」の2013/11/29日の記事で使っていた。
(「群れたがる1&3」に移しました)
内容は、今回の内容とは違いますが、タイトルが被らない様に、今回は「群れたがる2」としました。

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タイの生活、チェンライの生活」カテゴリの記事

コメント

私もチェンライにすんでいますが、特に退屈とは感じていませんし妻の実家(農家)に行ってもいろいろと気を使ってくれるので悪い気はしません。ただ、確かにすぐ集まってくるのは確かです。それはタイ人ですからしょうがありませんしここはタイですから日本の規則と細かさにしばられるより楽でいいですね。

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