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2015年1月の9件の記事

2015年1月29日 (木)

ちょっとした事(2015年1月、チェンライにて)

2015/01/30(本日の手押し)

麻雀の帰りに、センタンでヤマザキパンを買おーと思って、空いている駐車スペースに車を止めた。
10分程で戻ったら自分の車の後ろに、横向きで、同じ様なセダンが止まっている。
タイの場合、こういう止め方をする時は手で動かせる様に、ギヤをニュートラルにしおくのが礼儀。
このままでは出られないので、セダンを手で押したら、簡単に前へ進んだ。
2m程、前へ進ませたので、自分の車を出す事が出来た。

実は、この手押し、やったのは(多分)2回目。
意外と、軽いもんだ。
(日本では、この習慣、こういうマナーあるのか・・・?)


2015/01/30(本日の麻雀)

2着→3着→1着→4着 で +4。

これで一応4連勝。


2015/01/30(警察に捕まる)

メーチャンの入り口(?)の所にある警察の検問所で車を止められた。
警官が、「パシー、ロット」(車の税金)と言っている。
フロントガラスを見ると、税金を払った証拠のステッカーが無い・・・?。
これは、「コマッタ、コマッタ、コマドリシマイ」の状況だ。
慌てて奥さんに電話して、「パシー、ロット、ティナイ」(これは多分正しいタイ語ではない、要は、ステッカーは何処にあるの?、と聞いた積り)、「タムルワットチャップ」(警察に捕まっちゃったよ)。 (ToT)

「警察に捕まっちゃったよ」はちょっと大袈裟だったかも知れない。
奥さんも慌てた様子で、「ロッカーの中の黒いカバンの中に有る」と言っている。
しかし、カバンのなかをいくら探してもスッテカーは見付からない。
ちょっと焦って来た(もしかしたら、かなり焦っていた)。 (^-^;
「マイッタ、マイッタ、マイケルジャクソン」の状況だ。

暫くして、警官が、「行っていいよ」と手で合図した。
あ~よかった!。 \(^o^)/

結局、黒カバンの中にステッカーは無かった。
貼ってあった記憶はある。て言うか、自分が貼った。
何処に行っちゃったんだろう・・・?。 


2015/01/29(久々の旅館)

久し振りに行った「旅館」(コーヒーや軽食のお店)は混んでいた。
ちょっと数えてみたら、自分達2人(私と妻)を含めて27~8人の客が居た。
自分達が座ってほぼ満席。お店の外のテーブルにも客が居る。平日の2時半頃で満席。
これなら経営上の心配はいらないかも知れない。

内、ファラン(白人)が10人ぐらい、タイ人が8人ぐらい、アジア系国籍不明が10人ぐらい居た。
アジア系国籍不明者は、顔はタイ人か中国人ポイ顔付で、遠くの席で声が聞き取りにくかったので、不明者に分類。
(日本人は自分1人)
ファランは見た目で分かるし、タイ人は話しが聞こえれば分かる。

始めて、「旅館」に来た時、こんな辺鄙な所で有ってやっていけるのか(客が来るのか?)、と余計な心配をしたが、来る度に客が増えている(様な感じがする)。

妻がお客さんの話しているのを聞いていて、「これから、ライブンロード、ビアシンに行く」と言っていたらしい。
良く考えてみると、この辺(と言っても数キロ圏内ですが)、ワットロンクンもあるし、ビアシンのパークも有るので、観光コースに成って居るのかも知れない。

で、自分達は、かつカレーとおにぎり、アメリカンコーヒーとアイスクリームカフェパン(パンといってもカノムパンのパンじゃないです、テンモーパンのパンです)を注文。365バーツ(1年と同じ)。

混んでいたので、出来て来るのはちょっと遅かったけれども、それはいい。
BGMには、小柳るみ子(だったと思う)や坂本冬美(夜桜お七)が流れていた。
(多分、この曲が分かったのは、大勢の客の中で自分1人だけだと思う。ちょっと優越感?)

妻の頼んだ、アイスクリームカフェパンが美味しかった(105バーツでちょっと高いけど)。

帰る時、茶室を覗いたら、立派な碁盤(と石)が置いて有ったので、今度、娘を連れて来て、五目並べか囲碁でもやる事にしよう。


2015/01/22(今日は何もしない日)

別に珍しい事では無いが、今日は役に立つ(?)様な事、活動的な事は何もしなかった。
別に体調が悪い分けでも、気分的に落ち込んでいる分けでも無い。
ただ、何となく生産的な事はしたくなかったし、至急にやらなければならない用事も無かったので、今日は、「1日中何もしない日」と決めて、家の中でボーッとしていた。

やった事と言えば、昼間から風呂に入った事、日本のテレビ、「相棒」と、菊川怜さん主演の「警視庁特捜対策室 迷宮捜査の女」と、柴咲コウさん主演の「○○妻」を見たぐらい。
後は何時もの様に市場(しじょう)の確認や今日のニュース等をネットで見る事は見た。
ネットを使って居ると、時々ネットが切れるので、そういう時は、フリーセルやハーツなどのゲームをやって、回線が繋がるのを待っていた。
体を全く動かさないのもまずいし、かといって、外に出てチャリンコも面倒なので、運動は腕立て伏せをちょっとやっただけ。
(やっぱり、運動不足が心配なので、今、もう一度、腕立て伏せと腹筋運動と柔軟体操をやった)

夜、夕食の時に娘と、「きょうは、1日中さぼりの日」だったという話をした。
娘は、「さぼり」の意味がよく分からないらしく、仕事をしないとか、色々説明したのだが、イマイチ意味が伝わらない。
試しに、「ワンニー、キーキアット」(今日は面倒くさがりの日)(これが正しいタイ語かどうかは知らない)と言ったら、どうやら通じた様だったが、隣で聞いていた妻から、「トゥクワン」(毎日だろ~)と突っ込まれた。


追記(娘の日本語)。

「さぼる」という言葉は、その後、辞書を引いて、หนีงาน、หนีเรียน、โดดงาน、โดดเรียน、(ニーガーン=仕事をさぼる、ニーリアン=勉強をさぼる)である事を娘と確認した。
(グーグル翻訳では分からなかった)

それから数時間後。

娘は「さぼり」という言葉を覚えたらしく。
娘、「今日はさぼりですね~」「病気がうつちゃったよ」「まだ宿題やってな~い」。
私、「病気じゃないし・・・、うつらないよ」「大人はいいんだよ」。

それから数分後。

私、「宿題終わった?」。
娘、「さぼり中~」。

どうやら「さぼり」という言葉は完全に覚えたようだが、変な言葉教えちゃったかな~。
まあ、言葉を覚えるのは悪くない。

娘と自分の違いは、娘は(「さぼり」という言葉を)多分忘れないが、自分は(หนีงาน、หนีเรียน、というタイ語を)多分忘れる。
この差は大きい。
自分のタイ語は殆ど進歩しない、下手をすると後退するのに、娘の日本語(とタイ語)は着実に進歩する。
まあ、将来的には、娘が日本語とタイ語を両方ちゃんと覚えて、何かの時には通訳をしてくれる事を期待している。


2015/01/21(本日の麻雀)

2着→2着→1着→3着 で +65。

これで3連勝。

麻雀はともかく、皆さん色々腕自慢の酒のつまみを作って来る、美味しくて楽しい宴会だった。
刺身、いか飯、煮物、漬物、焼き肉、果物など色々あった。

(雑記帳フォト2014に写真あります)


2015/01/16(本日の麻雀)

4着→1着→2着→3着→2着 で +3。

一応、勝てたので良かった。


2015/01/16(本日のオセロ)

4隅を取られた所で娘が投げた。
これで4連勝。
いつも完璧な勝利。 (^o^)/


2015/01/16(本日の株式)

9勝12敗でボロ負け。
でもベンチマークにしている日経平均の下げよりは、良かった。


2015/01/16(本日の金相場)

グラム当たり+63円で大勝利。
良かった。


2015/01/15(なんか今年寒い)

チェンライは今が一番寒い季節なのか、最近、寒い。
もちろん、ちょっと前まで(10日程前まで)居た日本と比べればレベルが違うのだけど、寒い。
日本なら、エアコンも電気ストーブもコタツもあるが、チェンライの家は何もない。
衣類も、寒さに対応した物が不足しているので、余計に寒い。
人によっては、今年は「特別に寒い」と言っている人も居るが、言われてみればそういう気もする。

きのう、娘が学校に宿泊する行事(?)があった。
意図がイマイチ不明だが、4年生と5年生の全員が一晩学校で泊るらしい。
おととい、お泊まり用の布団とか枕とか一式買って、きのう娘に持たせて学校へ行かせたが、きょう、風邪をひいて帰って来た。

元々風邪ぎみだったので、寒くてこじらせたらしい。
家では、水浴びは温水か風呂だが、学校では本当の水浴びだったらしい。
何も、こんな一番寒い時にやらなくてもいいと思うのだが、タイ人のやる事、イマイチ意味が分からない。


2015/01/12(本日の麻雀)

チェンライに戻って来て早速、麻雀。
バンコクに居る間に連絡を取り合って、こちらのスケジュールに合わせて、雀会を設定して貰った。有り難い事だ。
Yさんには、メンバー集めと、場所と、美味しい食事まで提供して頂いて、大変感謝している。
(しかも、毎回、勝たせても頂いている)

で、本日の成績。

2着→1着→2着→2着 で +49。

2着が3回あるが、3回とも自分の天敵のもう一人のYさんにトップをさらわれた。
(ちょっと、記憶が定かでないので、もしかしたら2回かも知れない)


余談。

いつもは、短パンとTシャツで行くのだけど、ちょっと寒かったので、長ズボンと長袖で行って正解だった。
バンコクでは、いつものタイの格好、サンダル・短パン・Tシャツで夜中でも平気だったけれど、チェンライはバンコクとは違って大分寒い。

自分の車には、暖房が付いて無いが、朝のうちは、暖房が欲しいくらいの気温だった。
自分の家は、チェンライ県でも南の方のパーン郡にあるが、今日行ったメーサイは一番北にあり、しかも、山も近いので、家の辺りよりも更に気温が低いようだ。


2015/01/11(チェンライへ戻りました)

久し振りに戻った我が家は、いつもと変わらずに、散らかっていた。
ただ、いつもと違って、庭のブーゲンビリアは綺麗に花を咲かせていた。
いままでは、真面目に花を咲かせない、怠け者の木、と思っていたのだが今年始めて、ちゃんと花を咲かせた。

(雑記帳フォト2015に写真あります)

台所には洗ってない食器がうず高く積まれていた。
タイ人の妻(と娘)は2日前に家を出てバンコクに来たが、食器などは洗わずに、そのままにして来たらしい。
この辺の感覚は日本人の自分とは随分違う。どうも、こういう杜撰さにはついていけない。
自分は、日本を出る時、当然、食器などはちゃんと洗って、グリルや台所周りはちゃんと拭いて綺麗にしてから出て来た。

家に着いて、まずは日本から持って来た物を整理しなければならない。
特に、食べ物はタイの暑い気候では直ぐにダメに成ってしまうので、冷蔵庫に入れた方が良いものを、先に整理しようと思った。
冷蔵庫は自分用と妻用の2つに分けてあるが、予想通り、自分用の冷蔵庫のかなりのスペースが侵略されていた。
それも、干からびていて絶対に食べられないと思われる野菜やグジュグジュになった果物、いつから置いて有るのか分からない飲み物や食べ物、食べ掛けのお菓子などがギッシリと詰め込まれている。
まず、明らかに食べられない物は捨てて、それ以外のものは、妻の冷蔵庫に無理やり移した。
スペースは出来たが、それだけではまだ、日本から買って来た食材を冷蔵庫には、入れられない。
何か甘い物をこぼしたらしく、冷蔵庫の中のトレーがべとべとに成っている。
これを洗って、ようやく日本から買って来た物を冷蔵庫に入れる事が出来た。

また、チェンライでタイ人(の妻)との感覚的な相異に悩ませられる生活が始まった。

でも、ずっと1人というのも寂しいし、タイ人の抜けている所を捜すのも、それはそれで面白い。
日本の様に「きっちとした社会」より、タイの「いい加減な社会」の方が気楽でいい気もする。

2015年1月28日 (水)

チェンマイ領事部とは何故か相性が悪い

チェンマイの領事部へVISA申請に出掛けた。

ビザの申請は今回が始めてではないが、1年程前までは、妻は在留認定されていたので、日本へは再入国扱いで、ビザ無しで入国出来た。
(正確に言うと、VISAは有る。ただ、毎回取る必要が無いだけ)
なので、久し振り(3年振り)のビザ申請。

平日だけど、娘(小学生)、を連れて、妻(VISA申請者)と私の3人で出掛けた。

どうもチェンマイまで行くのは面倒くさいし、負担が大きい。
昔はバンコクで(妻の)VISAを取れたので、バンコクに行ったついでに取ることが出来たのだが、有る時点(7年程前からだったと思う)から、チェンライ在住の(タイ人の)VISAはチェンマイでしか取れなくなった。
距離的にはバンコクよりチェンマイの方が近いが、チェンマイだとわざわざ(その目的の為だけに)行かなければならないので、煩わしいと思う事が多い。
バンコクと違ってチェンマイには「ついで」が無い。
その時々の都合によって、両方、どちらでも良ければ便利なのだが、有る時点からそれが出来なくなった。
別に、どちらでやってもいい様に思うけれども、これは、どうもお役所の縄張り意識が見え隠れして、余りいい感じはしない。

更に厄介なのはVISAは当日発行は出来ないので、別の日にわざわざ取りに行かなければならない。
結局2回チェンマイまで足を運ぶか、2泊3日ぐらいの泊まり込みの旅行(?)が必要となる。

日本でタイのVISAを取る場合は、頼めば、着払いの郵送で送ってくれるので1回行けば済むが、チェンマイの領事部では、それは受け付けてくれない。
まあ、タイの郵便事情(稀に届かない事があるのは事実です)の問題もあるので、これは、止むをえない面もあるとは思うけれども、例えば、妻(タイ人)は、今回パスポートの更新をしたけれども、それは郵便で家に届いた。

ついでに言うと、今回、1月31日にチェンライへの領事出張サービスがあるので、その時に届けて貰えないか聞いてみた。

最初は(電話で聞いた時は)、OKかも知れない様な話しだったのだが、結局、「それは、出来ない」という事に成った。
これも、領事部の都合でしょうがないとは、思うけれども、正直な感想を言わせて貰えば、融通が効かないお役所仕事だな~という感じは否めない。

(追記。日本人のパスポートの更新手続きを(事前にチェンマイで)した場合は、領事出張サービスでチェンライまで持って来て貰えたらしい。タイ人の(VISA入り)パスポートと日本人の(更新)パスポートの違いはあるが、折角そこまでやるのだから、手間としては一緒だと思うので、気を利かしてくれないものかと思った。領事出張サービスは在留邦人に対するサービスという位置づけで、タイ人に対するものではないと言う事なのだろうけど、そこは、もうすこし融通を・・・)

(外務省のお役所と言ったって我々の税金で営業しているのだらか、色々な面で、もう少し顧客寄りになってもいいという気がする)

どうも、チェンマイの領事部は、使えない役所、というイメージは以前から持っていた。
実は、昔、妻のVISAが発行されない、という事件があって、娘が小学校1年の時に妻はVISAを取って日本で一緒に暮らしていたのだが、(日本の小学校の)夏休みに家族でタイに戻って、今度また、新学期で日本に戻ろうとした時、VISAの発行を拒否されたという事件があった。

その時から、チェンマイの領事部には余りいい印象を持っていない。

ちょっと複雑な事情なのだが、順を追って説明すると。
本来は、妻は在留許可を取って日本に滞在するのが適切な方法なのだが、在留許可の手続きは書類作成も大変だし、書類を提出してから許可が下りるまでの期間も長い。
(大体2~3ヶ月だったと思う)
娘を日本で留学(?)させるのを決めたのは4月の新学期の直前だったので、取り敢えず、(妻は)VISAを取って日本へ入国した。
(この時、VISAを取る時、事情は説明したと思うけど、正確な記憶はない)
尚、当時はVISA無しの日本入国は出来なかった。
いずれにしても40日程、日本に滞在する予定(3月20日頃から4月末頃まで)だったので、今のルール(VISA無しの入国は15日がMAX)でもVISAは必要となる。
(実は、今回のVISA申請も同じ理由による)

5月の連休(日本のゴールデンウイーク=娘の学校はお休み)で、家族でタイへ戻って次にまた日本へ行く為に、VISAを取ろうとしたら、「日本に行ったばっかりなのでVISAは出せない」と言う。
この時は、「本当は(規則上は?)1ヶ月は経たないとVISAは出せない」、と言う話だったが、特例(?)で出して貰った。
この時点では、VISAが出たので問題はなかった、あえて言えば、そのような規則、一回日本へ入出国した後、1ヶ月は日本に入国出来ませんというルール(?)が何処かに明記されていたのか?、という疑問は残った。

そのあと、日本に行った時に、妻の在留許可申請を出したのだが、7月の夏休み前にはまだ許可が下りなかった(この時点で審査中だった)。
娘が、夏休みに成ったので、またまた家族でタイに戻って来て、今度は夏休みなので、1ヶ月以上タイに滞在するので問題ない、9月に日本へ帰国する時の妻のVISAも出るはずだし、日本に戻れば、在留許可も下りているので、今後も問題ないはず、と思っていた。

しかし、VISAは下りなかった。
要するに、頻繁に日本へ行っているので、VISAは出せない、どおしても必要なら、「在留許可認定証」を提出しなさい、と言われた。
自分は、「前回1ヶ月と言ったじゃないですか、今回は1ヶ月以上の(タイへの)滞在期間が有るのに」と言って食い下がったが担当の事務官(日本人)は首を縦に振らない。
「1ヶ月などと言った事はない」とも言っていた。
確かに、明確に、「1ヶ月はタイに滞在しなければ、次のVISAは出せない」とは言われなかった。
5月の時の話は、日本から帰国(妻はタイ人なので、タイへ帰国)してまだ1ヶ月も経っていないのに、新しいVISAの発行は出来ない、と言う程度の意味だったのか、或いは、その時は、4月の1ヶ月間日本に滞在しただけだったが、今回は5月~7月まで約2ヶ月間の日本滞在をした後だったので、条件が違ったのかは分からない。
推察するに、VISAを許可する要件に、日本への渡航頻度や期間、前回の渡航から今回の渡航までのタイへの滞在期間といった条件が内規であるのだろうけど、そんなもの知らない。
VISA発行要件には書かれていなかった(と思う)。
(タイでも、年間180日以上は居られないとか、そういう話もあったので、VISAの許可要件にそういう事項が有っても、理解は出来るが、それが明記されていないのが問題)

VISAの発行、入国を認めるか拒否するかは、その国の権限で誰にも平等ではないのは分かるけれども、日本人の子供の小学校への在学の為に母親(この場合タイ人だけれども)が付き添うのを拒否する、しかもちゃんとした手続きをしようとしているのに、衆知の事実でない内規(?)を元に拒否するのは、間違っている、と思った。
そういう判断を正しく行う為にも、高い税金を使って、チェンマイに役所を設けたのでは無いのか。
VISA申請をしたのはタイ人の妻だけれども、それを必要とするのは、日本人の自分と娘だし、そういう判断は税金で食べている役人は十分考慮するべきだと思う。

しかし、拒否された以上、次の手を考えなければならない。

一つは、この話を伝え聞いた日本人会の当時の役員さんが(自分が直接話した分けでは無いし、誰かに頼んだ分けでもない)、「それは、おかしい」「必要なら、私が掛け合ってあげる」という話もあったが、これは保留して、もしどうしようも無かったら、相談してみよう、という事にした。

最悪、自分が日本に一旦帰国して、「在留許可認定証」を持って来ればいい。

この時点で、父は他界していたし、認知症の母には難し過ぎる。
家に、出入りしている親戚も居ないし、度々家に遊びに来る友人もいない、親しい近所付き合いもない。
第一、近所の人や友人に頼める問題じゃない。ていうか受け取り印とか無いと受け取れなかったと思う。
考えあぐねた末に、家の一部を貸している事務所の方にお願いして見る事にした。
事務所の所長さん(ホントはちょっと違うのだけど詳しくは書かない)、基本的に他人なのだけど、全くの他人ではない、その方に無理を言ってお願いして、「在留許可証」を受け取って貰って、EMS(国際緊急郵便)でタイに送って貰った。
それで、3年間有効のVISA、再入国も可能なVISAがやっと取れた。
(今は、自分自身が海外転出したので、妻の在留許可証明書も無効に成った)


ついでにもう一つ、最近(と言ってもここ1年ぐらいで)面倒くさいと思った、チェンマイ領事部の話し。

去年の8月頃、在留証明書をチェンマイの領事部に取りに行った。
自分は誕生日が8月なので、7月頃に、現況届の提出依頼が、年金関係で来る。

今回7月に、地元の区役所で海外転出の手続きをしたので、8月にタイ、チェンマイ領事部で、在留届けを出すと共に、在留証明書を書いて貰った。
この事自体は、何の問題も無い。発行もスムーズに行われた。
ただし、在留証明書を受け取る時に、目的が年金関係の場合、発行手数料は無料ですが、年金関係で使う為の証拠、例えば、年金手帳などを見せて下さいと言われた。
それは、持って来てなかったので、手数料を支払うので、年金手帳の提出はしなくて良いか尋ねた。
しかし、年金手帳か何らかの通知書は後日でもいいので、資料として出す様に言われた。

その後、暫くして日本に戻ったら、現況届けの提出依頼が来ていない。
良く調べて見たら、「今年(2014年)から、住基ネットで現況確認をするので、(海外生活者等を除いて)現況届の提出は不要となります」という通知が来ていた。
自分は、2014年の7月まで、地元で住民登録をしていたので、今回に関しては、住基ネットから情報が取れたので、現況届の提出は不要だったらしい。

タイに戻って、事情を(電話で)説明して、使わなかった証明書を郵送で送るから、それでいいか?、と尋ねた。
しかし、それでも、年金へ加入している資料は必要だという。
要は、チェンマイの領事部は、何らかの理由で、北部在住者の年金情報を知りたがっているだけの事で、それならそうと、始めから、在留申請をする人で年金の加入者はその資料を提出する様に言えばいい。
その事を隠して(?)、「年金関係の使用の目的の場合、発行手数料は無料ですが、その代わり、年金の加入状況が分かる資料を提出して下さい」などと言うのでややこしく成る。
変に誤魔化そう(?)とするので、何か裏の意図があるんじゃないか?、と勘繰りたくなる。

ま、別に隠すもんじゃ無いし、資料は提出した。年金番号や支給予定額の入っている通知書のコピーをチェンマイ領事部へ渡した。
年金手帳は、実は2冊有って、どっちがどうなのか(多分、何かの時に再発行して貰った記憶があるが、良く覚えていない)よく分からなかったので、最新の通知書(のコピー)を渡した。


余談。

昔、妻のVISAの件で、日本人の担当者の方と、お話をさせて頂いた事があるが、その時、念の為に、お名前を伺ったところ、「名前は言えません」と言われた。
まあ、VISA関係の業務で、タイ人にうっかり名前を言うと、困った事が起きる事もあるのかも知れないけれども、何か違和感を感じた。
日本の役所でも、地元の役所、区役所などでは、最初から名札を付けているし、会社などでも、そういう会社は多い。
外交官は、色々特権とかも有る様だし、普通と違う、という意識が強いのだろうけれども、税金で食べている公務員、サービス産業の従事者という感覚が普通に有ってもいい様な気がする。

因みに、学校の先生って融通の効かない頭の固い人達というイメージが以前はあったが(これは、自分が出来の悪い生徒であった為かも知れない)、娘の小学校関係でお話しする先生方、皆さん、親切で、丁寧で、話し易い。

タイに来る様に成って10年以上経つ、その間に、タイの役所などにも何回も行っているけれども、決定的に不快な思いをした事はない。
もっとも、タイの役所の場合言葉も通じないし、元々、期待値が低いので、「まあ、しょうがないか」という事は良くあるが。

補足すると、チェンマイ領事部の事務方のタイ人(?)の女性の職員。
何人か居るけれども、皆さん日本語が上手いし、事務作業の手際もいい。
今回の妻のVISA発行の手続きでも、自分の間違いを短時間で的確に指摘して頂いて、大変助けられた。

あと、領事部の事務手続きの窓口、担当者の顔が良く見えない様に(?)黒っぽい色付きガラスに成っている。
顧客と接客担当者との間に壁を作る様な感じで、自分は好きじゃない。
因みに、(日本の)地元の区役所は、ガラスによる仕切りなど無い。
日本で、タイのVISAを取る時の事務所も(日本にあるタイの役所も)、仕切りのガラスはあるが、透明なガラスだった。
この辺にも、自分は領事部(日本の外務省関係の在外公館は何処も同じ?)の閉鎖性を感じた。


追記(2015/02/02)

1月27日にしたVISA申請、出来たものを取りに行く必要があるが、OKか否かだけでも、先に、知りたいと思った。
実際に妻が日本へ行くのは3月なので、VISAが取れている事が分かれば急ぐ必要はないが、もし、取れていなければ問題で、根回し済みの小学校との対応や、買ってしまった航空券、その他諸々のスケジュールを再構成しなければならない。
なので、VISAの可否は早く知る必要がある。

で、チェンマイの領事部へ、出先でちょっと空き時間が有った時に、電話して、VISAが取れたか否かだけ、聞こうと思った。
(以下、電話のやり取りは、言った言葉そのままではない。意訳してある)
私、「1月27日、VISA申請した○○ですが、VISAが取れたか否かだけ教えて下さい」。
領事部、「受取証の番号を言って下さい」「分からなければお答え出来ません」。
私、「今、持って来てないので、後でまた電話します」。

家へ戻ってから再度電話した。
私、「1月27日、VISA申請した○○ですが、VISAが取れたか否か教えて下さい」「ナンバーは○○○○です」。
領事部、「VISAの可否は電話では教えられません」「窓口にお越し下さい」。
私、「・・・」。

妻に(VISA申請の本人に)にもういちど、電話させて分かったが、「VISA認定の可否は電話では教えない」という事らしい。
VISAを受け取った時の受け取りの案内書にタイ語で書いて有る、という。
流石、お役所仕事、やる事にそつがない。
でも、顧客サービスという観点から見るといかがなものか。


余談。

2015/02/09追記。

チェンマイの領事部へVISAを取りに行った時の話。

VISAの受け取り窓口で、料金を払おうとした。
VISAが無事取れるかどうか、少し心配だったので、料金を言われたと言う事はVISAが無事取れたという事で、取り敢えず、一安心。

VISAの申請者は自分じゃなくて(タイ人の)奥さんなので、奥さんを窓口に行かせて、自分は後ろで見ていた。
奥さんが、「料金は940バーツ」だと言うので、1000バーツ渡した。
そしたら、領事部の係官が、940バーツ細かく払ってくれ、と言ったらしい。

何それ・・・?!。

例えば、140バーツの料金で1000バーツ出した時、「細かいの有りませんか?」と言うのなら、まだ分かる。
しかし、940バーツの料金で1000バーツ出した時、細かく払え、というのは、何だそりゃ・・・。
受け渡しのお札の枚数で言えば、1000バーツでお釣りが60バーツなら、動くお金の数は、1000バーツ紙幣が1枚と、お釣りの20バーツ紙幣が3枚の合計4枚。
(或いは、お釣りの50バーツ紙幣が1枚と、10バーツコインが1枚の合計3点)
しかし、940バーツ、きっちり払う為には最低でも、500+100×4+20×2で、7枚の紙幣が必要となる。
フツー、1000バーツ出してお釣りを貰うだろ~。

お金のやり取りをする窓口(しかも公的な窓口)で、お釣りがない、何て事があるのか?。
大体、VISAの料金は940バーツと決まっているのだったら、60バーツぐらい、何人来ても払える様に事前に用意しておくべきだろう。
それも仕事じゃないのか?。
日本なら考えられない。
例えば、日本の地元の区役所で、料金940円のものがあって、1000円払ったら、「(60円の)お釣りがないので、940円きっちり払って下さい」なんて言われる事があるとは思えない。

実は、タイの屋台やタクシーなどでは、「お釣りがない」と言われる事はよくあるが、領事部は、れっきとした日本の役所ではないのか。

2015年1月25日 (日)

いくらタイ人といっても常識がなさ過ぎる

うちの奥さん、ご飯を食べる時間に規則性がない。

日本に居た頃は、ご飯は3食、朝昼晩、7時~8時頃、12時~1時頃、夜の6時~8時頃に食べていた。
それが世間の常識で、それが「正しい」と思っていた。
付け加えれば、ご飯は奥さんが作るのが基本で、外食や旦那さんが作るのは例外とも思っていた。
専業主婦なら、当然の事と思っていたし、今でも、それが普通(正しい)と思っている。

しかし、うちの奥さん料理が殆ど出来ない。
自分は、料理は、文化・教養だと思っているので、料理も出来ない半未開人ではしょうがないと思ってきた。
結婚してから、少しずつ教えたり、彼女が自分で努力したりして少しは料理らしきものが出来るようになったが、基本的に料理を提供する事に関する義務感が薄い。
しかも、3食規則正しくという概念がない。
なので、朝と昼が一緒になったり(これは自分の起きる時間が遅い事にも原因がある)、夕食が、すごく早かったり、遅かったりする事がよくある。
自分だけなら我慢するけれども、10歳に成る娘が居るので、困ったものだな~、と日頃から思っていた。

今日も、夜の8時頃、娘はヨーグルトなどを食べて(空腹を紛らして?)いたが、やはり、ちゃんとご飯を食べないのは良くない。
8時半に成っても、食事の準備をする気配がないので、遂に(ちょっと頭にきて)「お腹空いた~、ご飯食べる~」と娘を誘って、自分で作る事にした。
(当然、自分もお腹が空いていたし、早く食べなければならない特別な理由もあった)

折角なので、(母親は出来ないので)娘に料理の勉強も兼ねて、教えながら手伝わせて、夕食の準備をした。

妻は、8時半に成ってもテレビを見て寝ころんでいる。
これは、お腹が空いて無くて、いらないんだな、と思って無視して作業(料理)を進めた。
結果、まあまあのご飯を娘と二人で食べたのだけど、気が付いてみたら、妻がブスとしている。
「何で私を誘わないんだ」と(自分に対して)怒っている、と娘が説明してくれた。

まあ、妻に声を掛けなかったのは迂闊だったけれども、それ以前に全然常識が無さ過ぎる。
タイ人一般がそうであれば、有る程度は仕方がないが、村の近所の人達を見ていると、我が家だけ、家の奥さんだけ、特別な気がする。
自分の勘違いだろうか・・・?。

どうも、いくらタイ人と言っても、常識がなさ過ぎる気がする。

こういう時、これは、例えば食事に規則性が無いのは、タイ人一般の傾向なのか、奥さんだけ特別なのかを考える。
もし、タイ人一般の傾向なら有る程度はしょうがないし我慢する。
しかし、子供のある家で、9時過ぎまでご飯を食べさせない家があるとは思えない。
大体、この辺では9時頃には、もう寝ている家もある。

料理が出来ないというのは、有る程度はしょうがない。
多分、この辺の田舎では、昔は食べるのに精一杯で、「料理」などする余裕は無かったのだと思う。
バンコクあたりでも、屋台で外食したり、できあいのご飯やクィティオを持ち帰ったり、お惣菜を買って食べる人が多い。
大体、安いアパートではちゃんとした台所が無いし(かなり高いアパートでも無い)、有っても、スペースや水回り、火力など、「こいつら、まともに料理をする気が無いんじゃないか」と疑わしい台所が多い。
(実際、まともに料理しないし)
(このへんは、タイもまだ後進国という事なのか、或いは、タイ人が単に、な○けもの、なのかは分からない)
しかし、日本人と結婚したタイ人の奥様方を見ていると、勉強して、日本料理を上手に作る奥様も居る。
ついでに言うと、この点では、タイ人より、少数民族出身の奥様の方が優秀な傾向がある。

あと、家族で揃って食事をする事も少ない様だ。
(基本的にタイ人って、自分勝手、他人の事は構わずマイペースで生きている)
日本でも、最近はそういう傾向があるのかも知れないけれど、妻など、一緒に食べるのかと思って待っていても、結局ずっとテレビをみていたりしている事も多い。

確実に、家族で一緒に食事をするのは、外食の時ぐらい。
この時は、流石に最初から最後まで一緒に居る。
家では、鍋ものなどは一緒に食べるが、自分が早く食べ終わって、席を外すことも多い。
(だって妻と娘、食べるのが遅いんだもん!)
(日本の学校や会社で早く食べるのに慣らされた自分としては、妻と娘の遅さに付いていけない)
(でもこれは、自分の方が変なのかも知れない。タイで麻雀をやって居ても遅さに付いて行くのは苦労するし、電話でも、相手の反応を待っている時間が短い、すぐ切る、とよく指摘される)

ちょっと話が横道に逸れたが、要は、妻と考え方の相異があった時、それが、何処から来ているものかを考える。
具体的には、日本人とタイ人の差、なのか、妻だけ特別なのかを考える。
これが、日本人とタイ人の価値観の差なら、ここはタイなので、有る程度は譲歩出来る。
しかし、それが妻だけ特別(に異常)なら、常識に従って欲しいと思う。

似た様な葛藤は、タイ人と結婚した日本人なら、誰でも有る程度は持っているのではないか?。
しかし、それが(文化の差なのか個人的な問題なのか)なかなか分からないのが、悩ましい。
ずる賢いタイ人なら、それを利用して、自分の都合のいい様に日本人を操作しようとする事もある(と思われる)。
(別かれた夫婦の話しを、日本人側から聞くと、どうもそういう気がする事がある)

(田舎の?)タイ人は、理詰めの話を嫌うし、我慢して話し合おうとはしない(相手の考えを聞こうとしない)。
更に言葉の問題もあるので、なかなか相手の真意を理解するのは難しいし、こちらの気持ちを伝えるのも難しい。
(このへんの悩みも、タイ人と結婚した日本人なら、誰でも有る程度は持っている気がする)

2015/01/30追記。

今日、タイ人の奥さんを持つ何人かの方と話をした。
自分のブログを読んでくれている人もいて、感想を話してくれた。

タイ人は食事に関して「お腹がすいたら食べる」というのは、自分の家に限った事ではなく、それが普通、それがタイ人じゃないか、という話しに成った。
要は、うちの妻だけ特別ではなく、何処の家でも、食事に規則性はないし、一緒に食べる習慣もない。自分で料理をしないのも、普通という事らしい。
タイ人の奥さんを持つ他の人達からも異論は出なかった。


余談。

今回、食事の時間が遅い事に、特別の反応をしたのは、自分の側に一つ分けがあって、健康診断で血圧が高かったことが関係している。
要は、減量をする必要があるのだが、「寝る前2時間は物を食べない様に」「出来れば3時間は食べない様に」と言われているので、9時から食事をすると、12時過ぎまで寝られない事に成る。

まあ、そんなに厳密なものじゃないとは思うけれども、考えて見ると、自分の体重が顕著に増え始めたのは結婚してからで、妻に付き合って(或いは、付き合わせて)遅い時間に食べる事が多く成った事も影響している気がする。
まあ、これは責任転嫁かも知れないけれども、放っておいては、これからも9時過ぎから夕食、などという事も多いと思われるので、何とかしないといけない。
(娘の健康上も良くないし)

ブログのこの文章を書いている時(PM11時頃)、娘がカステラを持って来た。
普段は折角のサービスなので断わらないで食べるが、今日は断った。
やはり、生活習慣病というのは、その名の通り、生活の習慣に根差すもので、まわりの生活習慣の影響も受けるので、改善はなかなか難しい。

今日の文章は、話が色々飛んで焦点が分かりにくく成りました。すいません。

2015年1月24日 (土)

数字に関する話、色々

昨日、減量の目標数値を決めた。
ついでに、今、自分のまわりに有る、気に成る数字を纏めてみた。

大きい方がいい数字。

麻雀のプラス(+)、ボーリングの得点、日本の株価、アメリカの株価、金相場。

小さい方がいい数字。

体重、血圧、中性脂肪値、タイバーツの相場、タイの物価、今はやらないけどゴルフのスコア。

微妙な数字。

円相場、金利。


大体、スポーツやゲーム関係は大きい数字の方がいいものが多い。
この中では、特に麻雀のプラス数字には一番関心がある。
スポーツでは大きな数字が良いものが多いが、ゴルフやタイムを競う競技などでは少ない(小さい)数字が良い競技も多い。

健康関係の数字では、子供の頃は、身長・体重・視力、など大きな数字の方が好ましいものが多かったが、中年を過ぎると小さい数字の方が好ましいものが増えた。
自分の場合、今、一番関心があるのが、体重・血圧・中性脂肪値・左目の眼圧。
左目の眼圧以外は、いわゆる生活習慣病で、食べ過ぎと運動不足が主たる原因で、どうすれば良いかは分かり易いが、実行するのは難しい。
左目の眼圧は緑内障で、これは明らかに悪いので、目薬で眼圧を下げている。
血圧なども、もしかしたら、もう、血圧降下剤を使わなければならない水準かも知れないが、薬を使って数字を操作する様に成ると、医者に行ったり、薬を服用したり、面倒くさいので、出来ればそうなる前に何とかしたい。

日本の株価や金相場は、明らかに高い方が良い。
直接的に利益が出る。
金(きん)は、1年程前、日本の消費税が上がる直前に少し買ってある。
1g=4588円で買った(買値)ものが、今、5298円(売値)(買値は5383円)に成っているので、評価益が少しある。
株は、全体で、ほんのちょっとプラスという水準。
これも、アベノミクス前は、かなりの評価損を抱えていたのだが、今は若干のプラス(評価益)が出ている。
まあ、株の場合は儲かったら直ぐに売っちゃう事が多いので、手持ちの株は損失を抱えている事か多いのだが。

アメリカの株価は直接的な影響は無いが、夜(日本とタイの夜=アメリカの昼間)アメリカの株価が上がると、翌日、日本の株価が上がる事が多い(逆も有る、アメリカが下がると日本も下がる)ので、関心を持っている。
毎日、(タイ時間の)22時から始まる米国市場の状況は必ず確認している。

円相場と金利の高低は、どっちが得かは微妙で、例えば(日本の)年金だけでタイで(外国で)生活している場合、明らかに円相場は高い方がいいだろうけれども、円が下がると株が上がる事が多いので、自分の場合は微妙になる。
同様に、銀行に預金する事を考えれば金利が上がった方が良いが、金利が下がると株が上がる(日本もアメリカも、世界中どこでも)事が多いので、どちらが良いかは微妙になる。
特に、金相場はアメリカの金利に反応する事が多いので、金利が下がれば金価格が上がる事が多いので、金利に関して言えば、どちらかと言うと、下がった方が有利な事が多い。

円相場とは別にタイバーツの相場もあり、タイバーツが下がれば、円-バーツの交換レートが良く成るので有利に成るが、タイバーツだけ単独で下がる事は少ないので、これは少ししか気にしていない。
あと、タイの物価の上昇、これは結構気に成る。
居住地としてタイを選んだ理由の一つがタイの物価の安い事だったが、タイの経済成長と共に物価も上がってきたので、だんだんそのメリットが小さく成ってきた。

まあ、数字とは色々な付き合い方が有るが、子供の頃経験した、受験勉強(あんまりしなかったけれど)の偏差値とか、会社に居た頃の色々な数値目標(経費削減など)と比べれば、今の状況は「お気楽」な気もする。

余談。

今から考えてみると、子供の頃の偏差値競争って、随分単純で分かり易いものだったと思う。
そういう意味では、もっと真剣にやった方が良かった(?)かとも思うが、今と成ってはもう50年遅い。

2015年1月18日 (日)

日本寺、猫カフェ、雲南飯店

チェンライ空港付近のイミグレでパスポートの更新をした後、時間があったので、ちょっと何処かへ遊びに行こう、という話に成った。
こういう時、普段はBIG-Cやセンタンでお買い物、というケースが多いが、買い物はしたばかりだし、妻と娘から、「まだ行った事のない、パパの知っている所へ連れて行って」とリクエストされた。

ちょっと考えて、今、空港付近に居るので、チェンライの街の北側に何か無いか・・・?。
思い付いたのは、メーファールアン大学の入り口より2Km程北側にあるCAT-CAFE。
娘は猫好きだし、あそこなら、景色はいいし、ケーキでも食べさせれば満足するかも知れない。

たまには、家族に娯楽(?)を提供するのも、お父さんの仕事(?)、という気もする。
そうは言っても、ここは日本じゃない。
ホームじゃなくて、アウェイのチェンライだから、そうそう知っている所といっても無い。
元来、出不精なので遊べる所といっても、あまり知らない。

で、CAT-CAFEの他に、これといったものも思い付かなかったので、愛車シビックを飛ばして北上した。

猫カフェに入るソイ(路地)の途中に、WAT-JAPAN、という日本寺が有る。
ここの住職様とは、知り合いなので、試しにちょっと寄ってみた。
ここの、住職さん、自分と同じで、日本とタイの間を頻繁に行ったり来たりしているので、居ない事も多い(ていうか、居ない事の方が多い?)。
最初、扉は閉まって居たので、やはり居ないかと思ったが、飛び跳ねて扉の上から覗いて見たら、居そうな気配もある。
ホーンを押して、扉を開けてみたら開いたので、中に入って大きな声で、「こんにちわ~」。
そしたら、住職さんが出て来た。
良かった、居たんだ・・・。

日本寺といっても小さなお寺なのだけど、本堂の前に招き入れてくれて、テーブルで飲み物や娘の為に、(日本の)菓子などを出して頂いた。
で、暫く世間話など。

妻は、日本贔屓でお寺好き、なので、もしかしたら面白いかな、と思っていたのだが、この両方が揃っている日本寺は、自分の予想以上に、壺に嵌まった様で、線香を上げてお祈りをしたり、鈴(りん)を鳴らしたりして喜んだり(?)していた。
(3回たたくと教わって、その通りにしていた)

ちょっと立ち寄る積りが、長居をしてしまった。
妻が、なかなか帰ろうとしないので、促して、次の目的地(当初の目的地)の猫カフェへ。
(日本寺から猫カフェまでは5分程)
ここでは、自分はカフェモカを注文、妻と娘は其々ケーキ、後、妻は甘いお茶のドリンクを注文していた。

それから、自分と娘は敷地内を探索。
残念ながら猫は、眠っているのか、猫ルーム(?)の中に引っ込んでいて、外に居たのは2匹程だった。
娘は、撫ぜたいのだけど、怖くもあるらしく、猫の方に手を出したり引っこめたり、ちょっと突っつく程度で、猫の方は迷惑そう(?)にしていた。

お店の屋上が見晴らし台に成って居て、ここからは遠くメーファールアン大学のキャンパスも見える。

ここも、妻も娘も、一応、気に入った様であった。

夕方に成って、自分はお腹も空いたので「何か食べに行く?」と提案。
妻と娘はさっきケーキを食べて居るので、どうか?、と思ったが、「食べに行く」というので、メーファールアン大学の入り口付近の、雲南料理店(?)へ。

ここでは、マーボ豆腐、炒飯、玉子野菜スープ、餃子、などを食べた。
ここのお店、タイ料理の香草やココナッツミルクなどが嫌いな自分には合う。
他の日本人にも、概ね評判のいいお店のようだ。
3人で食べても200バーツと、街中(まちなか)のお店より、大分安いのもいい。

帰りは、バンドゥー辺りから渋滞していたので、街中の道を避けて、空港横のバイパスを通って帰った。
この道、一部工事中だけれども、今では、新しいホームプロのある通り(国道1020号線)を突き抜けて、大分先で国道1号線と繋がったので、街中の渋滞や信号を避けたい時は、結構使える。

本日の企画、一応、妻も娘も満足した様だし、予算的にもリーズナブルだった(猫カフェ260バーツ、雲南料理200バーツ、日本寺への若干のお賽銭は妻が払った)ので、成功でした。

(雑記帳フォト2015に写真あります)

2015年1月11日 (日)

ちょっとした事(2015年1月、バンコクにて)

この項は、古い順(古い記事が上)で書いて有ります。


2015/01/07(バンコク到着)

スワンナプーム空港には、予定よりちょっと早く、23:15頃着いた。
イミグレを通過して、荷物を受け取って、タクシーに乗って、ホテルに着いたのが12:20頃。
今回はラッチャダーの定宿が満室で予約出来なかったので、スクムビットのホテルへ。
(今朝、日本から電話で予約した)
ここは日本人客の多いホテルで、日本人には慣れているらしく、受け付けのお姉さん、やたら愛想がいい。
(タイ人の接客って、やたら愛想がいい人と、何を怒ってるんだと思われる程ムスッとしている人の両極端が多い気がする)

部屋に着いてまずする事。
短パン、Tシャツ、サンダル履きに成る事。

時刻は深夜12時半を回って居るけれども、ここはスクムビットでも、繁華街の真っただ中、ナナ近辺なので通りは賑やか。
しかも、ここはタイ。
寒い日本から暖かいタイへ来て、エルサなら、きっとこう言う。

♫ すこ~しも、さ・む・く・ないわ ♫。

解放感100%で、街の中へ。

まあ、流石に12時半からじゃ、そんなにする事も無いので、屋台のクィティオを食べてホテルへ戻った。
ここで食べたクィティオ美味しかった。


2015/01/08(今日の両替)

日本からバンコクに来た時に、円→バーツの両替と銀行への預け入れ等をする。
今回の両替は1万円が2745バーツだった。
円安に成って、円→バーツのレートが悪く成っているのは知っていたが、実際に自分がやってみると、「悪さ」を実感する。

前回、両替をしたのは、3ヶ月前の、2014年10月16日で、この時は1万円が3050バーツだった。
この時は、まあ、「3000を越えているから、いいか」と思ったが、今回は3000を切って、更に2700台にまで落ちている。
こう成って来ると流石に、(円の価値が)随分値下がりしたな~、と思う。

円安に成ると株が上がるので、自分の場合どっちが得かは難しいが、やはり円安を目の当たりにすると、余りいい感じはしない。

自分は、2003年から、両替した都度レートをメモっているが、今回のレートが一番悪い。
因みに、次に悪かったのは、7年半前の2007年6月29日の、1万円が2790バーツだった時。
この頃は、もっとレートの悪い時、2600バーツ台の時も有ったと記憶しているが、それよりは今回のレートの方がいい。
しかし、実際に自分が行った両替では、今回のレートが過去12年間で(自分がタイに頻繁に来る様に成ってからで)一番悪かった。

レートのいい時にもっと両替して置けば良かった、と今更思っても、後の祭りでどうにもならない。


2015/01/08(10バーツのカオマンガイ)

伊勢丹の前で人がいっぱい並んでいる屋台を見付けた。
何かと思って覗いてみたら、1個10バーツのカオマンガイを売っている。
いまどき、1個10バーツのカオマンガイって、メッチャ安い!。それもバンコクのほぼ中心地で!。

並ぶのは嫌いなのだけど、暇だし、お腹も空いていたので、並んでみた。
(こう円レートが安くなっちゃ、何か節約する工夫でもしなければならない、という気持ちも少しあった)
普通のカオマンガイと揚げてあるカオマンガイの2種類あったので、1個ずつ買ってみた。
20バーツ紙幣を1枚差し出して、カオマンガイを2パック受け取る。
ビニール袋に入っていて、当然、カオマンガイ用のタレは付いて来る(でもスープは付かない)。

ホテルに戻って食べてみた。
1個10バーツと安いので、味の方は余り期待をしなかったが、これが意外と美味しい。
普通のカオマンガイも美味しいが、鶏が揚げて有るカオマンガイ(カオマンガイトート)は更に美味しかった。

(雑記帳フォト2015に写真あります)

ただし、量は少ない。
2個食べても、お腹いっぱいにはならない。
1パックが、おにぎり1個分ぐらいの量。

しかし、本当に飛ぶように売れていた。
みんな、4個とか10個とか纏め買いをするし、作るのも素早いので、どんどん売れる。
売る人と作る人の2人で作業分担をしていて、作る人は、手慣れた寿司職人が寿司を一貫握るぐらいの早さでカオマンガイを1パック作る。
タイ人が、こんなにきびきび仕事をしているのを始めて見た。


2015/01/08(パッタイ・タレー)

昨日に続いて今日も、夜中(PM11:30頃)にお腹が空いたのでフラフラと街の中へと繰り出した。
保健士のお姉さんからは、「寝る前2時間は食べない方がいい」と言われているのだが、お腹が空いたのだから、しょうがない。
それに、今回は滅多にない、1人バンコク、だし、好きなようにさせて貰う。

で、今日はパッタイ・タレー。
パッタイは、まあ、焼そばみたいな物で(でも、ソース味じゃない)、タレーは「海」なので、具材がエビやイカに成る。
ちょっと辛かったけれども、エビやイカが沢山入っていて、一応、美味しかった。
でも、日本のソース焼きそば程じゃない。

道路上にある屋台で、歩道に粗末なテーブルやイスが置いて有る。
結構混んでいて、隣にファランだか何人(なにじん)だか分からない様な人達も居て、騒々しいけれども、如何にもバンコクという雰囲気で悪くない。

ちょっと離れた所で、お兄ちゃんが、お皿を洗っていたけど、あれを見ちゃうと、日本なら、「ウ~ン・・・」という感じ。
でも、ここはタイ、そんな事いちいち気にしちゃ居られない。
何処だって、お腹を壊す時は壊すし、病気に掛る時は掛る。
今迄、タイに来始めてから13年間、無事に生きて来られたのだから、まあ、大丈夫だろ~、と思うしかない。

2015年1月 7日 (水)

ちょっとした事(2015年1月、日本にて)

2015/01/07(今日、タイへ向かいます)

今日(7日(水))の午後バンコクへ向かう。
成田17:55発のDL584便で、バンコク23:35着の予定。

チェンライへの戻りは11日(日)の3時頃を予定している。

日本からチェンライへ戻る時は、バンコクで少し用事をする為1~2泊する事が多いが、今回はなんと4泊もする。

何でかと言うと、奥さんが迎えに(?)来る為。
バンコク→チェンライのエアアジアの航空券を予約する時に、念の為、奥さんに「7日にバンコクだけど、来る?、(別に来なくてもいいよ、て、言うか、来ない方がいいよ)」と連絡したのだが、「来る」と言う。
自分は、今回は手早く用事を済まして、9日(金)にはチェンライへ戻ろうと思っていたのだが、奥さんは、「もう、9日(金)の夜発のチェンライ→バンコク(10日(土)の早朝着)のバスの切符を買った」と言っている。
平日は娘の学校があるので、来るとすれば9日(金)夜発が一番早いのだけど、それだと、自分は用も無いのに、後、2日間バンコクに足止めされる事に成る。

名目としては、「迎えに来る」と言う事に成るのだろうけど、仮に(冗談ですが)「自分の帰りを待ち切れなくて、一刻も早く会いたい」、と言う事なら、迎えに来ない方が早く会える。
迎えに来なければ、9日には家に着く。迎えに来れば、バンコクで会うのは、10日に成る。
(家へ戻るのは11日に成る)
奥さんが、バンコクに何か用事でもあれば、「ついで」という事もあるが、今回は特に用事は無い様なので、わざわざ出向いて来る、意味が分からん!。

自分が右も左も分からない旅行者ならば、「心配だから、迎えに行ってあげる」という事もあるかも知れないが、そんな事は無い。
むしろ、奥さんの旅行の方が、危なっかしい。

まあ、要は、ついでに「バンコクでちょっと遊びたい」という事なのであろうが、行き帰りの2人分(妻と娘)の交通費や追加の2日間の宿泊費(9日と10日の分)を考えると、無駄な気がする。
どうも、この辺は日本人と違って、「合理的」な考え方は出来ないようだ。

そういう事で、チェンライに戻るのは11日に成ります。
バンコクに居る間はパソコンがないのでブログの更新はしない予定です。
なので、暫くのあいだブログ休みます。


2015/01/06(撤退準備)

日本に来るのは、決して物見遊山ではなく、する事が有って来る。
そう言う意味では日本に着いた瞬間から撤退の為の準備は始まっているのだが、ここでいう撤退準備は、もうすぐタイへ戻る、ここ数日にした事です。

① ゴミ出し。
火金が可燃ゴミ、月曜日がビン・カン・プラ、土曜日がペットボトルや不燃ゴミと決まっている。
特に注意するのは、腐るゴミで、そのまま放ってタイへ戻ると後が大変なので、最終日のゴミ出しを確実にすることと、それ以降は、家で食事を取らない様に全て外食にする。
腐るもの、消費期限の有るものは、冷蔵庫に残さない。
もし食べ切らないものがあった場合、火か金(今回の場合、6日の火曜日)に全部捨てる。

ゴミ出しの関係からいうと、タイへの戻りは、火曜日か水曜日がベスト。
土曜にペットボトル、月曜にビン・カン・プラ、火曜に可燃ゴミと捨てて、一番残るゴミが少ないのが、火曜日。
ただし、火曜だと、ちょっと忙しいので、1日ゆとりを持って、水曜にタイへ(バンコクへ)戻る事が多い。
ゴミの関係だけからいうと金曜日でも、いいけれど、金曜だと翌日が土曜日で、バンコクでの用事に支障が出る。

② 魚を焼いたグリルの掃除。
これを怠ると、次に来た時に、油が腐っていて、臭くて大変。
なので、グリルを掃除した後は、もう、魚は焼かない。

③ 洗濯。
これは、最後の分は、そのまま洗濯機のなかに放り込んだままにするが。
1日前には、必ず洗濯して、その分は干す。
もし、雨等で乾かない場合は家干しにする。

④ タイへ持って行くお土産や食品を買う。
食べもの以外は、何時でも都合のいい時に買って置けるが、食べ物は出来るだけ、戻る直前に買う様にしている。

食べものではないけど、奥さんに電話で「パンストを買って来てくれ」と言われた。
そんな物、恥ずかしいから買いたくないのだけど、しょうがないから買った。

⑤ 車のバッテリーを切る。
日本に帰って来たら車のバッテリーが切れていて、肝心な時に車が使えなくて何度か泣いた経験がある。
なので、タイへ行く時は必ずバッテリーを切ってから行く。
また、帰国している間に1回も車を使わなかった時は、エンジンを動かして充電してから切る。

⑥ これは今回特別だけど、家の周囲の枯葉の掃除。
冬なので、道路の街路樹の葉っぱが散って、家の周りに貯まっていた。
家の周りが、特に吹き溜まりに成っている分けではない(と思う)。
多分、他の家の周りは、そこの家の人が掃除したので、綺麗に成っている。
家だけ、誰も掃除する人がいないので、10月~12月の間に落ちた枯葉が貯まっていた。
別に、自分は困らないけれども、近所の人の目もあるので、掃除した。
大きなビニール袋、2袋、すぐにいっぱいに成って、今日6日(火)の朝にゴミ出し(可燃ゴミ)した。
今迄は、入居していた事務所の人がやってくれていたのだが、事務所に出て行って貰ったので、これからは自分がしなければならない。
事務所の管理から解放された代わりに、少し別の仕事が出来た。


まあ、いずれにしても、家があっちにも、こっちにも有る、と言うのは面倒くさい。
両親も日本に家を3つ持って転々としていたけれども、自分はそれに海外が加わった。
これは遺伝か・・・?。
そんな事はないな。何とかしないとならない・・・?。
でも、タイでも、チェンライの街の中や、バンコクにマンションでもあったらいいな~、と思う事もある。

ここまでは、準備完了したので、後は当日(明日7日)、荷造り、携帯電話のタイへの転送設定や、タイの定宿の予約、不要な電気を切ったり、戸締りをして、タイへ戻ります。


2015/01/05(連勝途切れる)

本日の麻雀

2着→4着→1着→4着→1着→4着→2着 で -28

遂に連勝が途切れてしまった。
でも12連勝って、ある時点から12連勝する確率は、勝ち負けが半々とすると、2の12乗分の1、すなわち4096分の1、に成るので結構凄いと思う。

もうすぐタイに戻るので、また1からやり直します。

今日は負けたけど、今回の帰国では3回も麻雀が出来たので良かった。


2015/01/03(暇だ)

暇だ。
別に、する事が無い分けではない。
しなければならない事、した方がいい事は沢山あるのだが、やる気が湧かない。
外に出るのは寒いし、(株式)市場もずっとお休みなのでネットを見てもつまらない。
ブログネタも無いので、今日の昼食を写真に撮りました。

メインは鯵の干物、それに牡蠣フライとほうれん草ソテー(豚バラスライス入り)、ついでに海苔。スープなし。

(雑記帳フォト2015に写真あります)


2015/01/01(謹賀新年)

あけましておめでとうございます。

新年は日本で一人正月で迎えました。
大晦日の夕方頃までは、比較的寒さが弱かったのですが、きょうは寒く成ってます。
今日は、外に出ずに、このまま家の中でコタツにテレビ&ちょっとブログですごす予定です。
あんぽ柿、いちご、ナッツ、かきピー、チョコレートなどお菓子は、年末に沢山買ってあるので、菓子でも食べながらのんびりすごします。

2015年1月 6日 (火)

保険って面倒くさい

昨年の12月に戻った時に30~40通ぐらいの郵便物が届いていた。
郵便物の内容の確認は帰国時の重要な作業である。
少しずつチェックしていたが、まだ10通程残っていた。
7日にタイへ戻るので、今日中には全部チェックしないとならない。
なので、慌ててチェックをしていたのだが、その中に、「かんぽ生命からの重要なお知らせです」という圧着ハガキが有った。
開いてみたら、「払込期限 平成27年1月5日まで」と書かれている。今日は1月6日。
期限が過ぎちゃった、どおしよう。

(3時に)郵便局にTelして、「入金4時まで出来ます」と言われたので、急いで郵便局に行って入金を済ませた。
1日遅れたので、規定の料金より798円余計に取られた。
クソ・・・、まあ自分が悪いのだから、しょうがない。

毎年、年末に23100円払っている母の保険で、どういう保険かは良く分からない。
母が認知症に成ってしまったので、(郵便局から支払通知が来た都度)自分が代行して支払っていた。
今回は面倒くさいので、遅延分も含めて3年分、23100×3+798=70098円を先払いした。
これで、平成29年の末まで払わないで済む。

しかし、(3年分で)7万円は高いな・・・。
どんなメリットがあるのだろう・・・?。
死亡時に一時金が出るらしい事は知っていたのだが、健康保険も兼ねているかも知れない。
そういえば、母は昨年、骨折で20日間くらい入院している。
保険金を払うだけではしょうがない。受け取れるものがあるなら、受け取らないと勿体ない。
で、郵便局から帰って来てから、電話で問い合わせてみた。
結果、5日以上の入院では、何がしかのお金が出るらしい。
気が付いて良かった。保険の払込通知が来なければ、見落とすところだった。
郵便局の担当の方の説明では、請求期限の様なものは有るらしいが、そんなに急ぐ必要はない。民法で時効(?)の定めはあるらしいけれども、次回の帰国時でも、全然問題ないらしい。
という事で、次回の帰国時或いは次々回の帰国時には、この、保険金の請求手続きをしなければならない。
請求には、医者の書いた書類とか、母の委任状とか、色々書類が必要らしい。
面倒だが、しょうがない。また仕事が一つ増えた。

しかし、保険って面倒くさい。
お金を払ったり、受け取ったり、その都度、払込とか書類の作成とかの手間がかかる。
払うお金も受け取るお金も元々自分の(今回の場合は母の)お金なのに、保険に加入すると、余計な手間がかかるし、うっかりすると、取り損なってしまう。
こういう事を言うと、保険の関係者(或いは保険好きの人)から、保険は支払う額と受け取る額は同等では無い、保険は、予想外の出費の時に役に立つ、と言われそうだが。
現実には、母の入院費は問題なく支払済みである。
別に、保険金が入らなくても困らない。
ただ、折角、掛け金を払い続けていたのだから、取り返さないと勿体ないという事だけである。
普通に考えれば、母が今迄払い続けて来た金額より、大きな額を受け取れる可能性は小さい。
掛け金と入院など(?)の時に支払う総額の差が保険会社の収入に成るのだから、基本的に期待値は1より低く成るはず。
ただし、保険金の運用益や税金の事もあるので、そう単純には割り切れないけど、少なくとも母に関しては、掛け金の元は取れない可能性が高そう。
なので、こういう保険は、手間ばかりかかって割に合わないと思う。

では、なぜ保険に入ったか。
実は、既に他界した父が、ちょっと保険に関係する仕事をしていた事と、お金を細かく運用(?)するのが好きな人で、色々、保険とか、金融機関に少額の資金を分散していたという事情がある。

ちょっと話は逸れるが、父が亡くなってから、これには、苦労した。
父は、突然倒れて、死んでしまったので、資産(という程大袈裟なものでは無いですが)が何処に有るかが分からない。
父は、倒れてから他界するまで、数か月入院生活をしていたけれども、脳腫瘍で色々な事を聞くことも出来なかったし、父が他界して、すぐに母の認知症が顕在化したので、母も頼りにならなかった。
家には膨大な書類の山があって、そのほとんどはもう不要な書類だったけれども、そのなかから、有効なものを探さなければならない。
例えば、父が他界してから2年程経過した時、ある会社から入金の連絡が来た。
山梨の土地に電柱が立っているのだが、その分の土地の使用料が3年に1回僅かだが振り込まれる。
その振込み先が、自分の把握していない銀行だったので、銀行に事情を話して調べてもらったら、ちょっと嬉しい金額の預金がしてあった。

(日本の)我が家は、本拠地の荻窪の他に、山梨と千葉にも家が有って、父はその全てに、家屋の火災保険と家財保険と地震保険を掛けていた。
主として海外に生活する身にとっては、この更新作業だけでも面倒くさいし、保険料も勿体ない。
なので、例えば、山梨と千葉の家財保険など、ごっそりと焼けてしまっても殆ど困らないものは、保険の契約を更新しない様にして行って、少しずつ(日本での)負荷を減らす様にして来た。

今回、掛け金を支払った母の保険なども、その名残だと思う。
(でもこれは、母が自分の意思でしたのかも知れない。母もどちらかというと保険好き人間なので)
自分など、もう、国民健康保険すら、抜いている(理由は海外転出の為)。
今年の7月まで、ほぼ毎月47600円取られていた。医療費を100%自己負担したって絶対こんなに使わない。ほぼ、ボッタクリの世界。

今迄は、自分の場合について書いて来たけれども、きっと世間には、受け取れるべきお金を受け取っていない人は沢山いると思う。
高齢者が何かの保険に入っていても、その給付が有る事を知らなかったり(或いは忘れてしまったり)、薄々は知っていても手続きが分からないので放って置いたり、或いは、高齢者に何かあった時、例えば、認知症にかかるとか死亡するとか、したときに周りの人(家族など)がその存在を知らず、受けられるべき給付を受けなかったりする事はよくあるのではないか・・・?。
なので、有る程度の歳に成ったら、自分に何かあった時の事は考えて置くべきだと思う。
その1つとして、(保険も含めて)資産などは、出来るだけ単純化(でも、これも難しい)しておいた方が良い様な気もする。

でも、今自分が死んだら、自分の家族が自分の持っているもの、例えば、遺族年金の受け取りなどの手続きを行うのは、タイ人の妻では、出来ないかも知れない。
そういう点からも、娘には日本語を分かる様にしておきたいし、日本の事務手続きのノウハウも教えておきたい。
(一番のネックは漢字の読み書き、特に、漢字の読み。娘は、ひらがな、カタカナは読み書き出来る)
(自分は、「かな」の振ってあるマンガを読んで、自然に漢字を覚えたので、娘には出来るだけマンガを読ませる様にしている。前回はポケモンを買って行った。今回は妖怪ウォッチを買って行く)
今10歳の娘、後8年で18歳。それぐらいまでは、自分が(今63歳、後8年で71歳)頭も含めて元気でいて、娘に色々教える必要がある。


余談。

税金なども、それを知っているか、いないかで、支払額に大きな差が出る事もある。
これを完璧にやるのは難しいけれども努力はしないといけない。
大体、政府や自治体のやる事って、申請主義で、ちゃんと申請したら、給付してあげますよ、税金を控除してあげますよ、という仕組みが多いので、知らない(或いは出来ない)人は損をするように出来ている。

2015年1月 1日 (木)

年末の風景(2014年12月31日)

大晦日に散歩に出掛けた。
きのうの酒を抜くためにちょっと遠くまで行ってみよう。デジカメを持って出掛けた。

(雑記帳フォト2015に写真あります)

数日前の天気予報では、「年末年始は寒い」と言っていたが、それ程寒くない。

近所の公園では、子供達や親子連れがボール遊び(キャッチボール、サッカー、テニスなど)や凧揚げをしていて、のどかな雰囲気。
学校も会社も連休に入っているので、みんなのんびりしてる。

家から2kmぐらいの所にある神社も、今は閑散としている。
参道では、迎春の屋台が準備中だった。
年が明ければ、ここも人で、ごったがえす、ハズ。

さらに、神社から1km弱の善福寺公園まで歩いた。
公園の木立の下は枯葉で厚く覆われている。冬の風景。
善福寺池も静かに佇んでいる。年の瀬の慌ただしさは無い。
公園には、ジョギングをする人や犬の散歩をする人が、パラパラと居る程度。普段の日と変わらない。むしろいつもより人は少ない。

自分のお気に入りのベンチの有る所に来た。
景色もいいし、このベンチ、人通りの少ない外れにあって落ち着くので、公園を散歩した時は、よくここで休憩をする。
人生の節目には、ここに座ってよく、思索を巡らしたものだ(ウソです)。
でも、きょうは素通りして、公園の池の周りを一周した。

次に、荻窪の街の方まで歩いて行った。
道路(青梅街道)沿いの銀杏(いちょう)は、ほぼ散っているが、中には、まだしぶとく黄色い葉っぱを付けているものも有る。
駅から遠い所では道路沿いの店舗や事務所もお休みの所が多いらしく閑散としていた。

(荻窪)駅の近くは、流石に人通りが多く、今年最後の買い物に寄ったマーケットは、いつもより混みあっていた。
角松も出ていて、新年を迎える準備は万端(?)。

で、今年最後のお買いもの。

あんぽ柿、いちご(べにほっぺ)、缶詰(みかん・フルーツミックス・みつ豆)、チョコレート(マカダミア)、エクレア、かきピー、ミックスナッツ、コールスローミックス、フレンチドレッシング(1回分)、野菜炒めセット、鰻の蒲焼(中国産)、海苔(韓国産)、コロッケ、小エビのかき揚げ、パックご飯(5個入り)、中濃ソース、麦茶。
全部で、4639円。

これで、年は越せそうだ。

年末の風景の記述はここで終わり、あとは、「来年もよろしくお願いします」、で終わりなのだけど、この文章、実は、元旦に書いてます。

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