« 2024年8月 | トップページ | 2024年10月 »

2024年9月の15件の記事

2024年9月30日 (月)

月見ごはん

2024/09/30(月見ごはん)

ここ数日、玉子掛けごはんを良く食べる。
ひとつは胃の調子がイマイチ良くないので、胃に優しいものを欲している、というのがある。
玉子掛けごはんは何となく消化に良さそうな感じがした。

(もう一つは、ちゃんとしたおかずを作る、時間を掛けた料理をするのが面倒臭いというのもある)

今迄はシンプルに熱いご飯に玉子を載せて醤油を数滴垂らしたものを食べて居たが、今日はちょっと工夫して見る事にした。


240930a
月見ごはん

9月も今日で終わりだが、月見そばに倣って「月見ごはん」にしてみた。
(ユーチューブで「月見バーガー」を食べる企画があって、それなら「月見ごはん」も出来ないかなと思った)


240930b 
醤油を数滴垂らして・・・

下には熱いご飯がよそってある。
これで、十分和風ご飯に成っていると思うが、あと、もう一工夫。


240930c
花かつを掛けて完成(?)

胃の弱っている時は和風の料理(?)に限る。

ここで、辛くて臭くて不味い変なタイのおかずを食べると折角良くなりかけた胃の調子がまた悪く成る。

・・・困った時の日本食・・・

まあ、人によっては「そんなもの日本食じゃねえ」と言われるかもしれないが、ここはタイのチェンライ。
こんなものでも十分日本食。

日本から遥か離れた異国の地で食べる日本食には格別なものがあるのでした・・・。


ブログ村ランキングに参加中。応援よろしくお願いします。

ポチッ  ⇒ にほんブログ村 海外生活ブログ タイ情報へ

にほんブログ村
http://meijin.air-nifty.com/blog/2019/08/post-6bb066.html

2024年9月29日 (日)

ここまでは順調

2024/09/27(ここまでは順調)

株の話です。

「順調」と言っても、今年買った分の評価損益は相変わらずマイナスだが、自己評価では「9月のここまでの成績はまあまあ上手くやった」と思っている。
しかし、9月全体の成績を考えるとまだ最終日、9月30日(月)が残って居て、ここに(正確に言うとこの先に)暗雲が垂れ込めている。

今回の記事の構成は前半は9月2日(月)~27日(金)までの実績の話と、後半に少し「暗雲」の話をしようと思う。


240929a
2024/09/27(金)の直近2ヶ月ほどの日経平均日足

9月の後半は順調に上げて来て27日(金)には日経平均は39829.56と4万円まであと少しのところまで迫った。


240929b
2024/09/02(月)~2024/09/27(金)の全売買(白地が買い、黄色が売り)

‐‐‐‐‐赤線の所で9月の権利落ち。
26日の3回の東レの売り分は9月の配当を取って無いが、27日の売りは配当権利取り(1株当たり9円)後の売り。
セコムとソフトバンクは9月26日に株式分割をしているが、分割前に売っている。9月27日終値は(比較し易いように)分割前の株価に調整している。

今回のポイントは、僅かだが一応、ソフトバンク、セコム、と割といいところで利益確定をしている事。
東レは利幅が1割にも満たないが 2023/03 から買い始めて約1年半低迷していたのがやっと(一部だが)利確出来て、ほっと一息といったところ。

この時点で9月に新規に買い足した分は2日の信越化学の買いを除いて、他の6回分は評価益が出ている。
(赤字の(5700)はマイナスを表す)

まあ、全体的に見て9月のここまでは割と上手くやっているという自己評価。


240929c
今年に入ってからの売買の成績の概要

売りの方が若干大きかったので「年初からの買い越し額」が少し減った。
9月後半の上昇で「年初からの評価損益」が若干改善された(70万円ほどの改善)。
若干確定利益を上乗せ出来た(54万円ほどの上乗せ)。


以上が 2024/09/02~2024/09/27 までの成績について。
次に、27日(金)の市場が引けた後に起こった「暗雲」について。


(日本の)政治の事はそんな大層な見識は持って無いので余り語りたくはない。
ネットで政治の話をするのは(特に誰がいいとか悪いとかを断定的に話すのは)自分は好きじゃない。
しかし、今回の自民党の総裁選挙の結果は今後の株価に大きな影響を与えそうなので避けては通れない。


240929d
日経平均先物などの値動き、2024/09/29(日)AMにデータ取得

日経平均先物の数字は沢山有って、どれを見るのがいいのかイマイチ分からないが、まあ、どれも27日の終値比で2400円ぐらいのマイナスに成っている。
この原因の全てが「石破総裁誕生」の影響では無いと思うがかなりの部分がその影響を受けていると思う。
大袈裟に言えば「石破ショック」或いは「石破暴落」。

今の所、結果として「石破総裁誕生」は株式市場にとって「災い」と成っている。
(石破総裁が将来的にいいとか悪いとか、言っている分けではないです)

基本「分からない」のだけど、金利政策は自分としては中立的な感じ。
石破総裁誕生で対ドルでは円高に成って、一般的に株式市場にとってはマイナスの要因になりそうだが、海外生活者としては円高はプラスに成る。
(一時的な円高は「石破総裁に成って」というよりは「高市総裁にならなくて」という方が正しそう)
まあ、この先、円高が続くのか、また円安に成るのかは分からないが、その点は、自分はどうでもいい。

株価も一時的な暴落なら「安い時に買って、高い時に売る」事が出来れば、儲けの種に成るので(ちょっと苦しいけど)それもまあいい。

自分が一番懸念しているのは「金融所得課税の強化」で、これをやられると一時的な問題では収まらず、長期的な問題と成る。
勿論、その方法や程度にもよるが将来的な影響(損失)は(自分にとって)大きなものに成るかもしれない。

株をやってない人から見れば「働きもしないで株で儲ける何てのはけしからん」「そんなところからはお金を巻き上げてしまえばいい」と思うだろうが、こっちは元々働いて貯めたお金を元手にリスクを取って株をやって来たので、それを儲かったからと言ってピンハネしようというのには抵抗を感じる。

「下手の考え休むに似たり」、という言葉もあるが、それなりに考えてやって来た事で、たまたま成果が出たからといって、それを「掠め取ってやろう」というのは違う気がする。

(株をやっている立場から言えば「思考を停止して銀行預金だけをしている人にとやかく言われたくはない」という気持ちがある)

経済全体の動きや関連性は良く分からないが、「儲けた所から潰していく」というのが果たしていい事なのか・・・?。
それよりも、全体が豊かに成るような政策を打って行くべきなのではないかという気がする。
長期的に低迷している日本は、今、足の引っ張り合いをしている場合ではない。


ブログ村ランキングに参加中。応援よろしくお願いします。

ポチッ  ⇒ にほんブログ村 海外生活ブログ タイ情報へ

にほんブログ村
http://meijin.air-nifty.com/blog/2019/08/post-6bb066.html

2024年9月27日 (金)

行きたくないのに2

2024/09/21(行きたくないのに2)

以前の記事(行きたくないのに1)は「騙し討ち」で奥さんの友人達との飲み会に付き合わされた話でした。
今回も似たような、しょうもない話です。
まあ、今回行ったバンコクのアイコンサイアム(巨大な複合商業施設)自体は面白い施設だと思うのでその紹介も少しします。


240925a
アイコンサイアム内で上を見上げる

アイコンサイアムに来るのは今回で2回目。
1回目はバンコクのお義兄さんに車で連れて来て貰った。
その時は此処の少し手前が大渋滞でやっと辿り着いた感じだった。

今日(9月21日)も土曜日なので大変だろうな~と思っていたがタクシーはちょっとの渋滞は有ったが割とアッサリと着いた。
比較的新しい施設で最初の頃の混雑は凄かったと思うが、今は少し落ち着いてきたのかもしれない。

でも、奥さんは(チェンライのセンタンと比べて)人が多い、と驚いていた。
まあ、バンコクの人気スポットとチェンライのローカルマーケットを比較してもアレだけど。


という事で(?)アイコンサイアムでの話は後に回して、先ずは、此処に来るまでの話。

今回のバンコク旅行は9月18日~22日の4泊5日だった。
本来の目的は奥さんの健康診断の為だが、バンコクに来たついでに(?)暫くバンコクに居たいと言うので少し長く居る事にした。
奥さんはバンコクに居る友人達と遊びたいらしかった。

もし、一人で居る時間が有れば、自分も久し振りにバンコクの街を歩いて見ようと思っていた。

しかし、昨日(20日)は奥さんはホテルから出ずに居た。
何も予定が無いらしい。
自分は、一昨日のソンブーンシーフードでの会食の疲れ(まだ、腹の具合が悪かった)が残って居たが、このまま何もしないでホテルでじっとしていてもしょうがない。

取り敢えずスタバでも行ってWi-Fiでもやる事にした。

ホテルは何故かWi-Fiの設備が無い。自分はネット中毒。奥さんはスタバ大好き人間。
という事で、重いパソコンを持ってスタバにやって来た。


270927g
バンコク、地下鉄ラマ9世駅付近のスターバックスコーヒー

相変わらず胃の調子が悪い自分はコーヒーのみ。
奥さんは甘々の飲料とケーキ。

ここでブログ記事を1本書き終えてから、奥さんに食事を摂らせなければならないのでどこかのレストランに行く事に。
ラッチャダーピセーク通りを挟んだ向こう側にセントラルプラザ・ラマ9店が有る。今回はそこに行って見た。

色々お店を見ながら「何処がいい?」「何処でもいいよ」と言ったが「何処でもいい」「(あなたの)好きな所でいい」と言うので「ココ壱番屋」(カレー店)に行く事にした。
日本でも滅多に行かないのに、わざわざタイで日本のカレー屋へ。
大戸屋もちょっと考えたが、食欲がそれ程ない、カレーなら刺激が有って食べられると思った。


240927f
ココ壱番屋にて 2024/09/20

手前、奥さんのサーモンカレー 奧、自分のビーフカレー

まあ、美味しかったけど、サラダ(奥さんが注文)も結構ボリュームがあったし、奥さんは勝手にサーモンを自分のカレーの上に乗せて来るし、おまけにコーヒーゼリーまで食べたので、弱った胃にはちょっときつかった。
(1人だと、カレーだけ食べて済ませる事が出来るが、奥さんと一緒だとそれがなかなか難しい)


で、翌日。

奥さんから「チャオプラヤー・クルーズ」に行く、「友達の○○ちゃんも一緒」。
と聞かされて居て、もしかしたら自分もそのメンバーに入って居るのか良く分からなかったが、どうやら、メンバーに入っているらしい。

出来れば久し振りにバンコクの街でも歩いて見たい、と思っていたがそれは叶わないらしい。
そのうち、今度は「雨が降りそうだから、クルーズは行かない」と言い出した・・・良かった・・・。

しかし、次に「アイコンサイアムに行く」と言い出した。
まあ、そこは自分も、もう1回行って見たいと思っていた所なので連れて行ってやってもいいな、と思った。
しかし、それも「○○ちゃんも一緒(ていうか自分が「おまけ」みたいな感じ?)」という。

このブログに何回も書いているが、自分はタイ人との付き合いには関わりたくない。
胃の調子も相変わらず良くないが、奥さん達に付き合えば当然食事なども一緒、という事に成る。
そうなると、嫌な物でも付き合って食べざるを得なく成る。愛想笑いもしなければならない。
そういう場で、出て来た食べ物に全く箸を付けなければ喧嘩を売っているような感じに成る。そういう事が出来るほど強心臓ではない。

嫌だな~~、行きたくないな~~。
大体なんでタイ人のオバサン同士の付き合いに自分が混ざらなければならないのだ・・・。
自分は日本人同士の付き合いにも出来るだけ奥さんは混ぜないようにしている。それが、一般的な日本人のルールだろ~~。
家族は家族で遊ぶ、友達同士は友達同士で遊ぶ、それが基本。
しかし、何故か奥さんは一族の付き合いや友人同士の付き合いに私を巻き込もうとする。
昔は、自分の役目はATMで、その役目を果たす為に呼ばれるのかな、と思っていたが、今はそういう事では無い(らしい)。

「胃の調子が悪い」というのはずっと奥さんに言ってあるので、「お腹を壊しているので行かない」「行きたくない」と3回ぐらい言ったが「薬を飲めば大丈夫」という感じで相手にして貰えない。
「お金は上げるから」と言ってもダメ。

・・・薬を飲めば大丈夫・・・そういう問題じゃないのだが・・・

仕方がなく渋々着いて行ったら直接アイコンサイアムでは無く、しょうもない所に連れて来られた。
(タクシーで移動している)


240927g
何処かのお寺

タイ人ってお寺好きだよね・・・江戸時代の日本人も好きだったのかな・・・?。

それにしても、そこのお嬢さん2人、髪の~~~・・・何んとかならないものかね・・・。
ま、ここは自由の国、何処かの戒律の厳しい宗教の国よりはいいかもしれない。

自分はここでトイレに行きたくなったら困るな~と思って、ずっとハラハラしてました。


240927h
やっとアイコンサイヤムに着いた

此処には高島屋やユニクロなどの日系のお店も沢山出店している。


240927i
ヨーロッパ系(?)の有名ブランドのお店も沢山ある

国際空港と似たような感じで高級ブランドのお店が沢山入店していた。
タイでも金持ちは沢山居るらしい。


240927k
スーパーカーも展示されていた

1700万バーツとか言っていたような気が・・・。
7000万円ぐらい。
タイって高級車の輸入関税が高いので、メッチャ高くなる。
それでも買う人が居るらしい。
(チェンライでもスーパーカーの集団を見掛けた事が数回ある)

タイは大金持ちが結構いるらしい。
しかもタイのお金持ちは成金趣味でお金を派手に使いたがるらしい。
所詮タイ人自体が田○者なのだと思う。


240927l
突然の人混み

なんでもダーラー(俳優さん)が来るらしい。


で、この後、何処を周るのだろ~と思ったら見晴らしのいいレストランバーみたいな所に連れて行かれた。


240927q
レストラン・バーからの眺望、チャオプラヤー川

なかなかの眺望。


240927n
チャオプラヤー川の景色を見ながら

実は此処の席は取れなかったので写真だけ撮った。


240927m
レストラン・バーの席から

お店は空席が殆ど無いほど混んで居た。


240927p
本日の夕食

自分は刺身セット(右上)とワイン(ロゼ)。
奥さんの友達はスパゲティと赤ワイン。
奥さんは手前の料理と赤ワイン。

奥さんとお友達は(多分)格好をつけて赤ワインのボトルを注文した。
2人では飲み切れずに私に飲ませようとしたが飲まなかった。

まあ、景色は良かったし、お店の雰囲気も悪く無かった、食べ物もまあまあ美味しかった。
体調が悪く無ければもっと楽しめたと思う。

因みに、料金は全部で3500バーツ(約15000円)。
奥さんの友人が1000バーツ払ってくれた。
まあ、こんなもんかな、っていう感じ。


240927o
レストランの近くに有った水と光のオブジェ

どう言ったらいいのか分からない。
天井の丸い穴から水が落ちて来て、それをライトで照らして写真のような模様を映し出す演出。
光の色や照らし方で色々な模様を作り出す。
(光は無いが、この小型版がチェンライのホライゾンカフェにも有る)

如何にもタイ人の好みそうな演出だが、ちょっと面白い。


まあ、兎に角、奥さんへの付き合いも一応果たせて、無事に帰れて良かった。


ブログ村ランキングに参加中。応援よろしくお願いします。

ポチッ  ⇒ にほんブログ村 海外生活ブログ タイ情報へ

にほんブログ村
http://meijin.air-nifty.com/blog/2019/08/post-6bb066.html
 

今度はチェンマイ

2024/09/27(今度はチェンマイ)

洪水だあああああ

洪水ネタが続いてますが・・・。


240927a
チェンマイ大学の中らしい

今、娘から来たLINEメール。


240927e




240927c
まあまあの洪水?

遂に娘も洪水経験者。
初めての洪水!。

こうして色々経験して段々大人に成って行くのだよ・・・関係ないか・・・。


ブログ村ランキングに参加中。応援よろしくお願いします。

ポチッ  ⇒ にほんブログ村 海外生活ブログ タイ情報へ

にほんブログ村
http://meijin.air-nifty.com/blog/2019/08/post-6bb066.html

2024年9月26日 (木)

続緊急投稿

2024/09/26(続緊急投稿)

今住んで居る住宅団地にも水が押し寄せて来る、という話は全くのデマでは無いかもしれない。
(それでも、多分、結果的にガセネタに成る可能性の方が大きいと思っているが)

この話は住宅団地の奥さんも属する仲良しグループ(4~5人のグループ)から伝わって来た。
彼女たちは既に自分の車をセンタンのビル駐車場(当然、地下部分ではなく、地上より高い駐車部分)に移したらしい。

確かに、ベンツのような車が水浸しに成ったら悲惨だ。
100分の1の可能性でも避けたい気持ちは分かる。

という事で家(うち)も2台の車の内の1台をセンタンの駐車場に移す事に成った。


240926a
センタンの駐車場(2階)に置いたCRV

ここまで水が来たら、「チェンライ沈没」に成って、映画に成る。

シビックよりCRVの方が高いから、CRVをセンタンに避難させたらしい。

自分がシビック、奥さんがCRVを運転してセンタンにCRVを置いて、シビックで家に帰って来た。
シビックさんだって水浸しは嫌だと思うが、もう古いし、傷んでいるので、シビックさんは奥さんに見放されたらしい。
まあ、「心配しなくても大丈夫だよ」「洪水なんて来ないよ」とシビックさんには言ってやりたい。


240926b
ヤマザキパンで若干の食料調達

折角なので、食料調達もした。
この後、奥さんはTOPSで、そんなに要らないだろ~、と思うくらい色々買い込んでいた。

用事が済んだ後は・・・。


240926c
スタバでコーヒータイム

奥さんの大好きなスタバで奥さんのご機嫌取り。


余談。

9月11日からの洪水で床上浸水の被害に遭われた方には本当にお気の毒だと思いますが、どうも奥さんを見ていると災害を楽しんでいる様にも見える。
ある意味、一種の災害祭り、のような・・・。
特に洪水などは昔からタイでは普通に有った行事のような、そういうのがタイ人のDNAに刻み込まれている感じがする。

まあ、作物がダメに成ったり、家畜が流されたり、そういう被害に遭った場合は呑気にはしてられないだろうけど、高床式の家から水が引くのを待ってるタイ人、船での移動を楽しんでいるタイ人、救助や食糧支援などに嬉々として取り組んでいるタイ人、そんなイメージがある。
(今は高床式の家って殆ど無いけど)
(あと、船は何処から出て来るのか不思議だが、ニュースを見ていると水位が上がった街の中では結構使用されているらしい)


追記。

2024/09/26 8:45 現在、家の辺りは洪水がやってくる気配は全くない。


ブログ村ランキングに参加中。応援よろしくお願いします。

ポチッ  ⇒ にほんブログ村 海外生活ブログ タイ情報へ

にほんブログ村
http://meijin.air-nifty.com/blog/2019/08/post-6bb066.html

2024年9月25日 (水)

緊急投稿

2024/09/25(緊急投稿)

デマ情報だと思うが!。
「頭のわ○い人間」ほど、デマを簡単に信じる、というのを身近に見た。

30分程前、奥さんの友達からターサーイ地区に洪水が押し寄せて来る、という情報が入った。
それで奥さんの指揮のもと、大慌てで家財道具などを2階に運んだ。
奥さんは腰か胸ぐらいまでの水が押し寄せて来ると思っているらしい。
(テレビでやっていたチェンライの洪水のニュース報道の見過ぎだろ!)

まあ、本当にそうなったら事前情報のキャッチは大金星だと思うが、おそらく、ガセネタに振り回されているだけだと思う。
(そういう情報の提供者が奥さんの友人だからね)
周囲の家を見てもアタフタしているような家は見当たらない。

しかし、奥さんは息をゼイゼイ切らしながら、2階へと家財道具などを運んでいる。
自分は一旦「休んでいい」というお許しが出たので、このブログを書いて居る。
(自分は「心臓が悪い」と言う事に成っているので、ある程度、きつい労働は免除される)
(しかし、そう言いながらでも「炊飯器を上に運んで」とか用事を言いつけられる)


240925b
1階のちょっとした物は比較的高さの有る食卓の上へ



240925c
外のテーブルの上にも椅子やモップ、バケツ、ちりとり、など

仮に洪水が来たとしてもモップやバケツ、ちりとりなど濡れても困らないと思うが・・・?。


240925d_20240925194501
1階に有る物で持ち運べる物は2階の作業ルームへ

左奥のプリンターとテーブル以外は今運んで来た物。

右下は念の為、溜めて有る水道水のペットボトル。
(ホントに床上浸水して断水したら、2階のトイレを流す時に使えるのかな?)

テレビとか冷蔵庫とか言ってたが、「それは無理だよ」と言ったら(多分)諦めた。
(ホントに家の付近の水位が上がって来たら考える)

まあ、賭けをやるとしたら、98対2ぐらいで、腰までの水は来ない方に賭ける。
床上10cmで95対5ぐらいかな。


2024/09/25 17:55 時点で水が押し寄せて来る気配は全くない。


追記(2024/09/26 00:30頃)

奥さんの言っている意味が良く分からないが「サパーン・ターサーイの辺りの川が氾濫しそうだ」と言って居るらしい。
ターサーイはこの住宅団地の地名もターサーイで同じ。サパーンは「橋」だと思うので、「ターサーイ橋の辺りが氾濫しそう」という事らしいが、グーグルマップで検索しても何処だか分からない。
(สะพานท่าสาย という地名らしいが、それで検索しても「グーグルマップに載ってない」となる)
ただし、住宅団地の前を通る1020号線がラオ川と交差する場所が近くに有るので(家から1.5kmぐらいの地点)、確かにそこが氾濫したら危ないかもしれない。
(ラオ川の一番近い所から家までは約1km)

ただ数時間前の写真ではまだ氾濫はしてない様だし、この地域の土地の高低の関係が分からないので何とも言えない。

因みに、2024/09/26 00:30 現在、水が押し寄せて来る気配は全くない。


ブログ村ランキングに参加中。応援よろしくお願いします。

ポチッ  ⇒ にほんブログ村 海外生活ブログ タイ情報へ

にほんブログ村
http://meijin.air-nifty.com/blog/2019/08/post-6bb066.html



断水対策あれこれ

2024/09/24(断水対策あれこれ)

約10日間続いたチェンライ地区の断水(注)はもうほぼ収まっているようだ。

(注)今の家(チェンライ市の南方、ホームプロやDO HOMEの有る辺りのターサーイ地区にある住宅団地)は13日から断水に成って、一旦、20日頃に復旧したが、21日頃からまた断水に成って23日(若しくは22日)に復旧した。今現在(24日)水道水は普通に補充されているのでもう大丈夫だと思う。

チェンライの洪水自体は11日から始まって12日がピークだったらしいが、12日は晴れて居たし、家の辺りは道路も乾いて居た、電気も水道も電話(AIS)もネット(3BB)も問題無しで、買い物もBIG-Cやセンタンに普通に行けたので生活上の支障は全く無かった。
しかし、13日に成って突然、水が止まった。
住宅団地の管理部門から事前に連絡が有ったらしいが、自分も奥さんも気が付いてなかった。
(なので、貯水タンクの水を使い切ってしまった)

他の地区は12日から断水に成った所も有ったようだし、復旧は早く復旧した所も有ったようだ。
浸水、交通遮断、停電、断水、ネットトラブル等、諸々の障害は場所によって程度や期間に差が有ったらしい。


今回は(今後の教訓の意味も込めて)断水対策に関してのみ書く事にする。

断水に成って困るのは、皿洗い、トイレ、風呂、洗濯この4つが大きい。
チェンライの場合、飲み水は買っている場合が多いので断水に成って直ぐに飲み水に困るという事は普通無い。

先ずは水の確保。
家は以下の3つの方法で水の確保をした(対策順)。

〇 初めに断水に気が付いた時に有った水、5kgのペットボトルが4個。この4個はたまたま水道水を貯めて置いた水。
他に3つのトイレの貯水タンクの水。

飲み水は5kgのペットボトルが5個買い置きして有った。
なので、飲み水や料理に使う水は当面心配なかった。

住宅団地は最近断水になる事が度々あったので、たまたま、水道水を汲み置きしていた。それが役に立った。
これで家族2人なので約1日は何んとか成ると思った。

① 雨水を貯める。
14日(断水2日目)、たまたま大雨が降ったのでバケツ2杯ほどの雨水を貯めた。


240914a 240914b
バケツ2杯ほどの水が溜められたが、そこで雨が止んだ
右のバケツの2杯半分ぐらいが溜まって、トイレの水にした
(トイレの3~4回分の水)


② 給水車で水を届けて貰う。
14日(断水2日目)夜。

240914c 240914d
給水車と家の貯水タンク

貯水タンクいっぱいの水が確保出来たので暫くは大丈夫。
因みに料金は1200バーツ。無色透明な水では無く少し黄色み掛った水だった。
この水を使っている内に断水は解除されると思った。


③ しかし、タンクの水が無くなったのでお義兄さんの家へ水を貰いに行った。
16日(断水4日目)、5kgの空のペットボトル12個ぐらいを車に積んで、15分程離れた義兄の家で水を貰って来た。
(給水車を頼まなかったのは1200バーツの節約のため)


〇 チェンライ脱出。
18日(断水6日目)、たまたまここでバンコクに行く予定だった。
チェンライへの戻りは22日を予定していたので、流石にそこまでの断水は無いだろうと思った。

因みに、断水の為、住宅団地を脱出した人も居た様で、隣の家も断水期間中何処かへ(家が2軒あるらしい)行っていた。
他にも近所の家で普段は居る家から人の気配が消えていた家もあるので、かなりの人が脱出したらしい。
(隣の家の方は奥さんに電話を掛けて来て「断水」の状況を聞いて来たらしい)


④ 奥さんはバンコクから住宅団地の友人と連絡を取って、断水の状況を確認していた。
それによると、20日に一旦復旧した水道が、21日からまた断水に成ったらしい。
22日にも復旧したという連絡は来なかったらしく、奥さんはバンコクからチェンライに戻る前に給水の対策を取った。
具体的には大きなバケツを義兄に買って貰い、それに水を満たして家に送って貰うという手配をしていた。


240924a
22日夜に届けられた水が満タンに入っているバケツ

多分、バンコクからチェンライに戻る途中の何処かの時点で水道が復旧したのだと思う。
バケツの水は結局使わずに今も満タンの水で満たされている。
(まあ、まだ何があるか分からないから暫くはこのまま置いておくが、その内、藻みたいのが増えて青く成りそうに成ったら捨てるかな)

自分達がチェンライの家に着いた22日夜から今(24日)まで、水は普通に使えている。

以上が、我が家の水確保対策。


次に、水節約対策。

① 食器洗い対策など。

突然水が出なくなった直後は、ちょっと手を洗いたくても水が出ないので、ウェットティシュで手を拭いていた。
兎に角、水道の蛇口をひねっても水が出ない、とういのは慣れてないと焦る。

食器は基本的に洗わずそのまま置きっぱなし。
果物皿で使った程度で殆ど汚れの無い皿はティッシュで拭いて、洗わずに使った。

奥さんの知り合いの方は、紙食器を使ったらしい。

給水車が来た後や、義兄の家から水を持って来た時は普通にその水を使って食器洗い。


② トイレの水対策。

水が無いからと言って、出る物を我慢する事は出来ない。
(ちょっと試みたけど、無理そうなので諦めた)
(そんな事をしたら、体調を崩しそう)
これは基本的に水を使うしかない。

トイレのタンクに自動的に給水されないから蓋を外して水を入れ置くしかなかった。
使ったら、また、上から給水する。
トイレに直接、桶などで流すより、一旦トイレのタンクに水を入れてから流した方が水の効率が良かった。

聞いた話では、毎回流さずに数回に1回とか、そういう話も有ったがそれはしなかった。

後、センタンとかそういう所に行った時はそこで用を足すように試みたが、そう都合よくタイミングは合わない。


③ お風呂。

まあ、余り動かない(汗をかかない)ので2日ぐらいなら我慢するが、それ以上となるとちょっときつい。
奥さんなどはタオルを水に浸してそれで体を拭く、とかもしたらしい。
自分は、湯舟の水をいつもの3分の1ぐらいの量にして余り水を使わないようにして14日(断水2日目)に入った。

使用後の水はトイレの洗浄水での利用を考えて捨てずに置いた事も有ったが、結局それは使わなかった。

住宅団地の警備員さんの話ではプールの温水シャワーを使えばいい、という話も有ってその利用も考えたがそれはしなかった。

その時点で空家に成っていたコンドミニアムの部屋に温水シャワーが有ったので1回はそれを使った(16日、断水4日目)。
(その部屋は、その時点で予約された方が居て、今は、その方がやはり洪水の関係で予約日より先に移転して来たのでもう使えない)

18日(断水6日目)以降はバンコクのホテルに居たので、そこのシャワーを使えて問題なかった。


④ 洗濯。

基本的に洗濯は工夫しなかった。
給水車が来た後と、22日に断水が復旧していた時に洗濯機で普通に洗濯した。
なので、24日現在、まだ洗濯物が溜まっている。

断水してない知り合いの家で洗濯する、という手も有ったらしいが、自分達はそこまではしなかった。


以上が自分達が断水中にとった対応です。
結局10日あまりも断水した、と言う話でした。

チェンライ市か水道局かしらないが、もっと速やかに水道の復旧は出来ないのかと思った。
これがタイなのか・・・もしかして、日本も同じ・・・?。


ブログ村ランキングに参加中。応援よろしくお願いします。

ポチッ  ⇒ にほんブログ村 海外生活ブログ タイ情報へ

にほんブログ村
http://meijin.air-nifty.com/blog/2019/08/post-6bb066.html

2024年9月24日 (火)

行きたくないのに1

2024/09/19(行きたくないのに1)

9月18日よりバンコクに来ている。
今回バンコクに来たメインの用事は奥さんの健康診断。
それは19日の日中に既に済んでいる。

後はバンコク観光でもと思っていたがどうも体調が悪い。
ハッキリ言うとお腹を壊している。

チェンライの家に居る時は奥さんと一緒でも、ある程度好き勝手に何かを食べたり食事をしたり出来るが、ホテルの部屋で一緒だと食事なども常に一緒にならざるを得ない。
なので、余り食べたくない時に付き合いで食事をしたり、食べたくないものを食べる機会が増える。

大体タイ料理、もっと広く言うとタイで食べる外食全般が自分には合ってない。
(中には例外も有るが少ない)
なので、こういう時は胃の調子が悪く成り易い。

しかし折角バンコクまで来ているのだから今日は、ホイホアンのソンブーンシーフードにでも行こうという話に成った。

まあ、しょうがない。

20年程前はラッチャダーのタイ文化センター駅付近(ホイホアンの1つ前の駅)に住んで居て、その頃は2人や娘を連れて3人でよく行った。
基本は中華料理なのだけど少しタイ料理っぽい感じのメニューもあるお店で、まあ、タイとしては美味しい方のお店。

店に行く途中のタクシーの中で奥さんが友達を呼んでいた。
そういう事なら来たくはなかったが、電話をして約束を取り付けた後なので「帰る」とも言えない。
奥さんの話では4人来るらしい。

大体自分はタイ人などとは付き合いたくはない。
奥さんの親戚などとはしょうがなくて多少の付き合いらしい振りはするし、奥さんの友人と会う機会が有れば一応愛想よく挨拶や少しは言葉を交わすがその程度。
家に奥さんの友達が来た時は基本的に部屋に籠っている。
それでも、奥さんがわざわざ部屋に来て「○○ちゃんが来たから、挨拶してね」と言って来る時はしょうがなく挨拶はする。

今回のように言わば「騙し討ち」の様に会食が設定されてはしょうがない。


お店に着いて取り敢えず4品を注文した。


240923a
パックブンファイデーンとプーパットポンカリー

空心菜炒めとカニ料理。
プーパットポンカリーはソンブーンシーフードの人気メニュー。
空心菜炒めは自分の注文、プーパットポンカリーは一応奥さんの注文(此処に来た時はほぼ毎回注文)。


240923b
カオパットプーとオースワン

蟹チャーハンと牡蛎の卵とじ炒め。
炒飯は何がいい?、と奥さんが聞いて来たので蟹(プー)と返答。
オースワンは自分の注文。
いつもはもっと美味しいと思ったのだけど、今回はそうでもなかった。


胃の調子が悪かったので4品でも食べるのは辛そうだな、と思いながら食べ始めた。
(ていうか、本当は殆ど食べたくなかった)
奥さんは間食は多いが、少食なので2人で食べるのは難しそう。
まあ、お友達がくれば大丈夫・・・でも、いつ来るか分からない・・・。

それに、お友達が来ると言っても、今連絡を取り合ったばかり(もしかしたら事前に計画していたかもしれないが知らされていなかった)、なので1時間ぐらいは待たされるだろう。
それがいつものタイ人の行動パターン。

幸い、ご友人は思いの外早くやって来た。
ただし4人では無くて2人。
奥さんの昔からの友人とその彼氏らしい。

テーブルは6~8人用の丸テーブルだったが、それはまあいい。
兎に角、予定がコロコロ変わるのがタイ流?。


240923c
メンバーが揃って記念撮影、2024/09/19 19:15頃

偶然だが、何故か4人共黒または黒っぽい服装・・・別に葬式帰りという分けでは無い。

奥さんの昔からの友人は自分も20年程前から知っているし、十数回は合っているので「久し振りにお会いしましたね」「10年振りぐらいですかね」とか、軽く社交辞令を交わす。

彼氏さんの方は中国人という話でタイ語は分からないという事だった。
自己紹介で「ワン」ですと言ったので、紙に「王」と書いて「ワン?」と聞いたら「万」と書いて来た。

自分の名前も日本語・中国語変換して「○○」と示した。
(自分の性2文字の内、1つは日本も中国も同じ漢字だったが、1つは中国の漢字は簡略化されていた)
こんな感じで多少のコミュニケーションを試みた。

日本と中国は漢字という共通文化があるのでちょっとしたコミュニケーションを取りたい時はこの方法は結構使える。
今はスマホで中国の漢字も表記出来るのでよりやり易くなった。


で、新たにやって来た2人が注文を追加した。


240923d
パータッティムヌンブアイ(魚料理)

料理名は奥さんから今聞き取ったのだけど、多少違っているかも。
まあ、タイでは割と良く有る料理(だと思う)。


240923e
クンソンクアン(海老料理)

クンパオかと思ったが、奥さんによると違うらしい。


胃の方がいっぱいいっぱいに成っているが、まあ、折角注文したので、新たに追加されたクンソンクアン(海老料理)やパータッティムヌンブアイ(魚料理)も付き合いで口に運んだ。

まあ、海老料理は美味しかった。
(でも、タイ料理として有名なトムヤムクンは美味しいとは思わない)

後は我慢・・・さあこれから何時間我慢すればいいか・・・?・・・そういう素振りは顔に出さずに・・・。
(今、このブログを書く為に写真を見たら、顔が青白く写っていた・・・バレてたかも・・・)

しかし、3時間ぐらいの長期戦は覚悟してたが、意外と早く終わった。
自分達が来てから友人達が来るまで30分、その後4人で1時間半ぐらいで宴会は終わった。
(自分は殆ど飲まなかったが他の3人、特に奥さんの友達とその彼氏はビールを結構飲んでいた)


240923g
食事中

奥さんもその友人も「乾杯~~」の好きな人達で、10回ぐらい「乾杯~~」を付き合った。
自分はビールは殆ど飲んでないけど・・・。


240923f
最後に女性2人はカオニャオ・マムアンを食べていた

まあ、取り敢えず無事に済んで良かった。

あと昔(約20年前)と違うのは、あの頃はこういうケースでも支払いは全て自分持ちだったが、今は、そういう事は無くなった。


「行きたくないのに2」に続く。
実は、「2」の方が本命で1と2を纏めて1本の記事で書く積りで書き始めたら長く成ったので一旦ここで切ります。


ブログ村ランキングに参加中。応援よろしくお願いします。

ポチッ  ⇒ にほんブログ村 海外生活ブログ タイ情報へ

にほんブログ村
http://meijin.air-nifty.com/blog/2019/08/post-6bb066.html

2024年9月20日 (金)

妻の用事でバンコクへ

2024/09/18(妻の用事でバンコクへ)

奥さんが、昔、ちょっとした手術をバンコクのバムルンラート病院でやった。
その後、定期的な検査をその病院でしている。
一時期、チェンライのシーブリン病院で検査をした事も有ったが、何故かバンコクの方がいいらしい。

定期的な検査でわざわざバンコクまで行くのは大袈裟だし、金銭的負担も大きいので地元の病院でいいと思うが、まあこういうのは気持ちの問題も有るのでしょうがない。
1人で行かせてもいいし、そうした事も有ったが、今回は一緒に行く事にした。
一応、「パイ・コンディオ・ダイマイ?(1人で行ってもいい?)」と聞いたが、着いて来て欲しいようだったので今回は一緒に行く事に成った。


240920a
メーファールアン・チェンライ・インターナショナルエアポート
飛行前のエアアジアの機内より撮影

何か大袈裟な名称。普通にチェンライ空港でいいと思うが・・・。

日本でいったら「セントレア空港」みたいな感じ。
自分のイメージでは意味なく「スカした」(死語か?)感じの名前。

まあ、セントレアの場合、中部空港や名古屋空港、愛知空港や常滑空港、じゃ何処に有るのか分かり難いのでしょうがない気もするが・・・。


以下はスマホを機内モードにして空の上から撮影した写真↓。


240920c
チェンライ空港を飛立った直後

まだ洪水の影響が残っている様に見える。


240920d
チェンライ市上空(だと思う)



240920e
タイ中部(だと思う)の雲の上



240920f
ドンムアン空港付近



240920g
ドンムアン空港に着陸中



240920h
ドンムアン空港に着陸

ドンムアン空港はエアアジアの縄張りか・・・エアアジア機が多い。


240920j
ドンムアン空港のターミナル内

意外(?)と広くて綺麗。

スワンナプーム空港からは電車に乗ってホテルへ行く事が多いが、ドンムアン空港からはタクシーを利用する。
今回も、タクシーでラッチャダーのソイ3のホテルへ。


240920k
ホテルの部屋

「ホテル」というよりはサービスアパートメントの部屋を日貸ししているような感じ。
(2階~8階がサービスアパートメントに成っているらしい)

1泊700バーツの割には広くて、一応綺麗に成っている。
コスパは悪くないが、アメニティグッズは大きなタオルと小さな石鹸ぐらいしか無い。
冷蔵庫にはペットボトルが2つ。

ラッチャダーピセーク通りのラマ9世駅から徒歩15分と地下鉄からのアクセスがやや悪いのが欠点。
それと、以前は有ったWi-Fiが無くなっていたのがかなり痛かった。
折角、5kg程の重さのパソコンを持って来たのに使えない。
もし次回も来る事があればデザリングの機器でも買って来ようかとも思う。
日本でもデザリングの機器が欲しいと思う事がたまに有るし・・・。

因みに、このブログ記事はホテルから徒歩15分ぐらいのロータス内のスターバックスコーヒーのWi-Fiを使って作成。


240920o
部屋にはソニー製のテレビと冷蔵庫

ソニー製のテレビって相当古い物のような気がする。
まあ、映るけど。


240920n
部屋(9階)からの眺め

正面の白いビルの後ろ側にラッチャダーピセーク通りがある。

という事で、9月22日までバンコクに滞在中。

奥さんの用事は終わったので、少しバンコク観光でもするかな・・・でもさっきから雨だし、明日(21日)も雨の予想だけど・・・。


ブログ村ランキングに参加中。応援よろしくお願いします。

ポチッ  ⇒ にほんブログ村 海外生活ブログ タイ情報へ

にほんブログ村
http://meijin.air-nifty.com/blog/2019/08/post-6bb066.html

2024年9月19日 (木)

MacでWi-Fi

2024/09/19(MacでWi-Fi)

昨日からバンコクに来ている。
バンコクの宿は昔の定宿なのだけど、最近2年ぐらい来てなかった。

そうしたら、以前は有ったWi-Fiが無く成っていた。
今時Wi-Fiに繋がらないホテル(?)何て無いと思っていたが、まさかのWi-Fi無し。
(以前は有料のWi-Fiが有ったがそれが無く成っていた)
折角約5kgも有るパソコンを持って行きたのに・・・。

しょうがないので朝からWi-Fi難民。
奥さんは自分の用事で出掛けてしまったので、1人で重い荷物(パソコンやそのバッテリー、その他もろもろの盗まれると困る重要な荷物)を持ってバンコクの街を徘徊。

と言っても、この辺り(ラッチャダーソイ3)は以前から度々来ていて土地勘が有るので、取り敢えずロータス内に有るハズのマックを目指す。


240919a
ロータスのマクドナルド、2024/09/19日撮影

幸いマックは移転せずに昔のまま有った。
ワイ(手を合わせる)をしているマック人形が居るのがタイのマクドナルドの特徴。


240919b
左、注文する機械 右、受付

先ずは、肝心なWi-Fiが有るか確認。
キョロキョロ辺りを見回すが「Wi-Fi有ります」みたいな表示は無い。
まあ、聞いた方が早いので受付のお姉さんに「Wi-Fiありますか?」(タイ語)と声を掛けた。

お姉さんが愛想よく「有る」というので次に注文。
ビッグマックとコークゼロを注文したいが、写真左側に3台設置されている注文機器の使い方が分からない。
「使い方が分からない」「教えて」(タイ語)と言って操作して貰う。

注文機を操作しながらお姉さんが「セットにするか?」と聞くのでセットを注文。
(ビックマックセット=コーラ(自分はNO SUGAR)、フライドポテト、ビックマック、=185バーツ)


席に着いて、パソコンとバッテリを取り出し、「コンセントは有りますか?(プラックファイ ミーマイ?)」と聞いてテーブルの下にあるコンセントに接続。

次にパソコンをONにして、Wi-Fi接続用の画面を出してから、お姉さんにユーザーの選択からパスワードの入力までやって貰った。
お姉さん、終始愛想が良くて助かった。


240919c
接続完了

最初はマックのCM画面が出た。


240919d
バンコク、ラッチャダーソイ3のロータス内、MACにて



240919e
本日の朝食


ブログ村ランキングに参加中。応援よろしくお願いします。

ポチッ  ⇒ にほんブログ村 海外生活ブログ タイ情報へ

にほんブログ村
http://meijin.air-nifty.com/blog/2019/08/post-6bb066.html
 

2024年9月14日 (土)

断水&給水(追記)

2024/09/14(断水&給水(追記))

11日(?)頃からチェンライを襲った洪水は各地に甚大な被害をもたらし、この地の邦人にも多大な影響(損害)を与えた。
メーサイやチェンライ市のコック河周辺が特に水害が激しかったようで、床上浸水された方も多数居たらしい。
また、コック河周辺の一帯はかなりの広範囲に渡って停電が続いたらしい。

自分や奥さんのLINEなどにも被害映像が多数寄せられ、日本人会関係のグループメールなどにも被害状況の報告が多数されていた。


幸い我が家は12日(金)の時点で家も近所も洪水の影響は全く無く、道路も乾いて居たし、電気も水道も普通に使えていた。
しかし、昨日(13日)に成って水道が止まった。
住宅団地の管理者から事前に連絡が有ったらしいが、自分も奥さんも全く気が付かないで居た。

住宅団地にはかなり大きな貯水タンクが家ごとに置いて有るので、注意して使って居れば直ぐに困る事は無かったろうが、知らずに居たのでカラカラに成るまで使ってしまった。
(もしかしたら、12日から断水状態だったのかもしれない)

この時点で水道の水は5kgのボトルに4個、飲み水は5kgのボトルが5個、有った。
水道の水は、最近断水が多いのでたまたま蓄えて有った。
飲み水(&料理に使う水)は沢山有ったので1~2週間は心配いらない。

因みに食料も2つの冷蔵庫にいっぱい詰まっているぐらい有るので10日間ぐらいは心配いらない。
インスタントラーメンやカップ麺も沢山ある。ビスケットや袋菓子などの菓子類も沢山ある。米も有る。少しだが缶詰類もある。
もしもの時に日本から買って来た「カンパン」は最後の最後の非常食。
まあ、普段買い物に出掛けるセンタンやBIG-Cまでは普通に行けるので、今のところ、蓄えが仮に無くても問題無い。
逆に、物流上の問題や買い占め等でセンタンやBIG-Cから品物が消えても、家に有る在庫で1週間は問題無い。多分10日でも大丈夫。2週間は生鮮食料品などは支障が出て来ると思う。


取り敢えず一番困るのはトイレの水で、3ヶ所のトイレに各1回分の水はトイレのタンクに有るが、それ以降は蓄えて有る20kgの水(5kg×4個のボトル)を使わなければならない。

次に食器洗いの水・・・これは食器を出来るだけ使わないようにして、実は、使った食器は昨日から今まで、まだ洗わずに台所に置いて有る(水は使って無いが、少しは綺麗にしてある)。

食器洗いの水の節約・・・食器を使わない物、例えば、カップ麺などを食べる。果物を置いた皿などをは洗わずにティッシュで拭いてまた使う。インスタントラーメンは茹でた鍋で食べる。

手や体を洗う水の節約・・・手は、ウエットティッシュで拭く。風呂は昨日から入って無い。

こんな感じで昨日から今まで急場を凌いできた。
しかし、いつまで断水が続くのか見当が付かない。


で、今日(14日(土))に成って分かった事、考えた対策。

① 頼めば給水車が来て水を補充してくれるらしい。
有料らしいが、これが一番一般的な対応。

② 風呂は住宅団地のプールに(給湯器付きの)シャワーが有るのでそれを使う。
(断水でも今は使えるらしい)(多分、給水しているのだと思う)
住宅団地の警備員さんが教えてくれた方法で、皆さん利用されていて、夕方あたりはかなり混雑するらしいが、昼間は空いて居るという話。

③ 今朝雨が降っていたので閃いた方法。


240914a
雨水を集める

洪水で水が有り過ぎて困っているのに断水で水が無くて困るって、なんか矛盾している。
そう言えば、チェンライ辺りでは雨が降った時の屋根の水を大きな瓶に貯めている家が有ったのを思い出した。
そういう事が出来ないか・・・?。

幸い(?)今朝(14日)は割と激しい雨が降っている、この水を利用出来ないか?。
外に出て、家の周りをぐるりと1周して見た。
家は雨どいを伝って水はけをする様に成っているので、屋根から水が沢山落ちて来る場所は無かったが、比較的屋根から沢山水滴が落ちて来る場所を見付けて、そこに、バケツを置いて見たら30分程で5cmぐらいの水が溜まった。

これはいけそうだ!。

今は使ってない、プラスチックのタンスの引出しを持って来て並べた。

結果、2時間半ほどでバケツ2杯分の水が溜まった。


240914b
溜まった水

2時間半ぐらいで写真の2.5倍ぐらいの水が溜まった。
トイレの貯水タンクの3回分ぐらいの量。

・・・結構取れた・・・

しかし、残念ながら(?)、午後に成って雨は止んだ・・・。

まあ、当面トイレの水には困らない。

この方法は覚えて置けば今後も使えると思った。


追記(給水)(2024/09/14 20:30頃)

夜に成って、給水車がやって来た。


240914c
給水車



240914e
給水車から出ているホース



240914d
我が家の貯水タンク

右側のがタンクの蓋。

これで暫くは大丈夫そうだ。

給水車の人が待ってる人が沢山いると言っていた。


補足。

チェンライの人達は昔はどのようにして生活用水を得ていたか?。
自分達が最初に来た(20年程前)パーン郡の平地(農村地帯)には井戸が有ったので、昔は、その井戸から取った水を使っていたのだと思う。
自分達がパーンに移って来た頃に、地下水を吸い上げた水道が普及した。
でも、飲み水はトラックで売りに来る「水屋」から買っていた。

この頃、お義父さんとお義母さんの家は、自分達の家から10kmほど離れた山の中腹に在って、そこでは雨水を集めて生活用水としていた。
なお、これと同じ様な水瓶はチェンライ辺りの他の所でも見た事が有る。


Mizu1
水道も井戸も無い家の水瓶、雨水を貯める、高さは2m弱



Mizu2
屋根に降った雨を集めて、トタン板で誘導して、水瓶に入れる

2013年に撮ったお義父さんとお義母さんの家。
チェンライ県パーン郡の山の中腹に在った家。今はもう無い(?)。
お義父さんは他界。お義母さんは自分達のパーンの家の近くに移って来た。


ブログ村ランキングに参加中。応援よろしくお願いします。

ポチッ  ⇒ にほんブログ村 海外生活ブログ タイ情報へ

にほんブログ村
http://meijin.air-nifty.com/blog/2019/08/post-6bb066.html

2024年9月12日 (木)

チェンライの洪水

2024/09/12(チェンライの洪水)

チェンライが酷い洪水に成ったらしい。
自分の住んで居るターサーイ地区周辺は冠水とか水害のようなものは無いが、チェンライ市の北に流れているコック河周辺や更に県最北のミヤンマーと国境を接するメーサイ辺りは酷い洪水に成っているらしい。
タイの全国ニュースでも、映像や航空写真付きで洪水の様子を映し出していた。

今現在(12日16時頃)自分の住んで居る所は曇り空で雨は降って無いし、家の周辺の道路も乾いている。


240912d
家の近所、2024/09/12 14:52

洪水の雰囲気は微塵も無い。


240912e
国道1号線、BIG-C、センタン付近 2024/09/12 15:01

ここも道路は乾いていて、洪水の雰囲気は無い。

自分の行動範囲は家からセンタン or BIG-C の範囲が殆どで、この辺りまで行き来出来ればほぼ困らない。
心臓治療に通っている病院も途中に有るし、月に数回行く「作」(和食店)もこの近くに有る。

なので、今回の水害の影響は(今のところ)自分には殆ど無いが、この辺りの水害は北から南にやって来る(北側のミヤンマーの方が山に成っているのでそこら辺りから水が流れて来る、という話が有る)。
なので、もしかしたらチェンライ市の南の端、辺りにある我が家には(市内北側とは)時間差で洪水がやって来るかもしれない。

それに、テレビ等でこれだけ騒いでいる「洪水」が今どうなっているのか、今後の為に見て置くのも無駄では無い。

そう思って、ちょっと見に行った。
まあ、実は単なる野次馬だけど・・・。


先ずは、テレビのニュースでやっていた市内中心部に近いメンライ王像辺りに行ってみようと国道1号線を北に向かった。
ニュースではメンライ王像の近くの交差点は1mほどの冠水をしていた。
(時間の経過と共に水位は変化するので時間を明示しなければ正確な情報発信にはならないが、時間の分からない情報が多かったので、その点は考慮してお読みください)

ただしヘタレな自分は危なそうならすぐ引き返す積りで居た。
交差点に近付くと道の左右に車が列に成って止まっている、もしかしたら交差点を越えてその先に行けたかもしれないが、手前でみんなUターンしていた。
交差点から500mほど手前の道路に水は全く無いが、このまま無理に進むのは危険を感じたので、自分も周囲の車にならってUターンして引き返した。
引き返した道も左右に車が数珠つなぎで止まっていた。もしかしたら、洪水を回避した車かもしれない。
ライフジャケットを着たレスキューらしき人達が6~7人で雑談をしていた。
(緊迫した雰囲気は無かった)


240912f
メンライ王像の交差点から1500m程北東の地点

コック河はここから北に1kmぐらい。

周囲の土地より少し高く(50cmぐらい?)成っているので、まだいい。
車の中に水が入るようだと大変だがギリギリセーフ(?)の様に見える。
尚、川沿いの広範囲は停電に成っている模様。

知り合いからLINEで送られて来た画像。


次に、一旦南に戻って、空港バイパスから北に行って見る(空港の方に行って見る)事にした。
実は18日(水)(今日から6日後)にバンコクに行く予定が有って、飛行機のチケットも買ってある。
もし、洪水が長引けばバンコクに行けなく成るかもしれない。

ネットニュースにはこんな事が書いて有った↓。

「メーファールアン空港の公式サイトでは、タイ国際航空、タイ・ベトジェット、ノックエア、タイ・ライオンエア、タイ・エアアジアなどの航空会社が、9月12日に予定されていた全てのフライトをキャンセルしたと発表しています。」
(チェンライに1つしかない空港の正式名称はメーファールアン空港と言う。普通にチェンライ空港という方が分かり易いと思う)

自分の知り合いの日本人で、この影響でバンコクに行けなかった方も居る。

自分の場合は6日後なので多分大丈夫だとは思うが、昔、チェンライ空港でノックエアが事故を起こした時は4日間ぐらい空港が閉鎖された。
この時、自分は日本からバンコクに来ていて、チェンライに戻る為にバンコク→チェンライの便を予約していたが、空港閉鎖の為チェンライに戻れず、チェンマイ経由で家に帰った事がある(ドンムアン→(振り替え便)→チェンマイ→(エアアジア手配のバス)→チェンライ)。

今回の場合、空港の洪水がいつ収まるか分からないし、水が引いた後どれぐらいで復旧するかも分からない。
その前に、ちょっと現状がどうなっているか確認して見たい、と思った。

空港までは行けないにしても、コック河に架かる橋を渡って、橋の上から様子を見ればある程度の状況が分かるかも、と思った。

しかし・・・。

コック河の手前2kmほどの所で通行止め(?)に成っていた。


240912b
空港バイパスのコック河の手前2kmほどの地点
2024/09/12 15:28 撮影

カラーコーンで塞がれているので多分一般の車は通行止めだと思う。

ここから引き返したので、遂にコック河は見る事が出来なかった。
以下の写真は知り合いなどから送られて来た写真。

写真の交差点を左折すると奥さんの2番目のお義兄さん家が有る。


240912g
2番目のお義兄さんの家

庭が池の様に成っている。
水溜まりの深さは足首ぐらい、と話して居た。
ここも周囲の土地より少し高く成っている。

お義兄さんが奥さんにLINEで送って来た画像。


240912h
コック河から南に1.2kmほどの地点

空港バイパス沿いのガウマシム付近。
道が川の様に成っている。

日本人会のLINEグループで送られて来た映像。


240912k
テレビでやっていたチェンライ空港の入口付近の映像

テレビを撮った写真で、分かり難いが、入口が川の様に成っている。

日本だったら雪が降っても着陸する(?)ので、水ぐらい大丈夫そうだけど、泥水は危ないのかな(?)。
映像を見た感じでは危なそうに見えた(タイだし)。


余談1。

チェンマイの娘から心配してメールが来た。


240912m
240912n
娘から来たメールと自分の返答

このメールが来た時点ではこの洪水がどうなるかまだ良く分かって居なかったが、色々見ている内に、今回は多分大丈夫だろうと思うようになった。

まあ、この先の天気でチェンライやチェンライに流れる川の上流(ミヤンマー?)の方で更に大雨が降れば分からないが(或いは中国から水が来るという説も有るが自分は分からない)、多分大丈夫という気がする。
大体、災害なんてそんなに正確には予想できない。

今回の洪水の被害に遭った方はお気の毒だと思うが、1つの目安として車に水が入るほどの水害でなければまだいいかな、と思った。
自分の知り合いで床上浸水した方も居た様で、車が水没(?)した方も居たらしい。

エンジンにまで浸水したら、ホントに大変だと思う。
(エンジンには浸水しないのか?・・・車の構造は良く分からない・・・まあ、でもそのぐらいまで水が入って来たらどこか壊れそう)
そうでなければ、タイの家は比較的水害には強いので、掃除は大変だろうけど何んとか成るような気がする。
(冷蔵庫やテレビを高い所に持ち上げるのは大変そうだけど・・・)

娘とメールのやり取りをした後に、車を高い所に避難する方法・場所はないかを考えたが、簡単には出来そうも無かった(家の近所に高い土地は無かった)。
防水カバーを掛ければ多少は違うかもしれないので、一応心には留めて置くが、この場所はそれ程の危険は無さそうなので、直ぐに防水カバーを買うような事はしない。


余談2。

昨日から奥さんが異常に張り切っていて、ずーっとテレビを見ている。
(「興奮している」或いは「はしゃいでいる」という方が適切な表現かも)
大人しく見ているだけならいいのだけど、いちいち「○○だ見ろ」とか「お婆さんが孤立して・・・見ろ」とか煩い。
兎に角、話し始めると止まらないので、面倒臭くてしょうがない。

遂に「ゴメンね、ちょっと静かにしてくれる」と言ったら少し静かに成ったが、まだブツブツ言っている。

今は電話をしまくって居て、明日、タンブンで炊き出しのような事をするらしい。
その話もイチイチ報告してきて、「一緒に来るか?」と言われてもそんなもの行かない。
大体タイ人って人に頼り過ぎだと思う。

「自分の事は自分でやる」というのが基本で、日頃からそういう時に困らないような準備はして置くべきだと思う。


ブログ村ランキングに参加中。応援よろしくお願いします。

ポチッ  ⇒ にほんブログ村 海外生活ブログ タイ情報へ

にほんブログ村
http://meijin.air-nifty.com/blog/2019/08/post-6bb066.html

2024年9月 9日 (月)

娘の初収入は通訳

2024/09/08(娘の初収入は通訳)

チェンマイで学生をやっている娘からLINEメールが来た。


240909e
娘からのLINEメール1

なんか2000バーツのバイト料(?)を貰えたらしい。


240909f
娘からのLINEメール2

詳しい話はまだ聞いて無いが、「留学」や「進学」に関する日本語とタイ語の通訳をやったらしい。

娘は、自分とは日本語、奥さんとはタイ語で話して居る。
小学校の1年生の1年間と3~5年生に各1ヶ月、杉並区の公立小学校に通ったので日本語は標準語。

タイ人の日本語通訳ってかなり危なっかしい人が多いが、娘の場合、会話だけなら日本人と話すのと変わらない。

例えば、昔、某旅行会社に手配して貰った通訳はかなり日本語が不自由だった。
(観光ツアーで「日本語ガイド付き」みたいな謳い文句だったが、「カタコトの日本語」だった)

一時期、チェンライの某病院に居た日本語通訳も発音が悪くて聞き取るのにかなり苦労した。
(症状の説明を聞いても、日本語が下手すぎて何を言いたいのか良く分からなかった)

「留学」とか「進学」に関する通訳なら下手なタイ人の通訳より娘の方が役に立ちそうな気がする。


240909g
娘からのLINEメール3

一時的なものとはいえ娘にとっては初収入、初仕事。
親としては、遂に稼げるまでに成長したか、という思い。

それに、折角2つの言語を「普通に」話せるのだから、そのアドバンテージを活かした仕事が出来るといい、と思っていたがバイトとはいえそういう仕事が初仕事・初収入に成ったのもなかなかいい。
タイとしてはバイト料も悪くない。


240909h
娘からのLINEメール4

こっちはいろいろな能力(身体能力とか知的能力とか社会的能力とか)が落ちて行くだけだけど、このぐらい(娘はもう直ぐはたち)に成れば子供はこっちが努力しなくても勝手に成長して行く。

そういうのは楽しみも有るし、見ているだけでいいのは楽でいい。


ブログ村ランキングに参加中。応援よろしくお願いします。

ポチッ  ⇒ にほんブログ村 海外生活ブログ タイ情報へ

にほんブログ村
http://meijin.air-nifty.com/blog/2019/08/post-6bb066.html

2024年9月 8日 (日)

ンゴの収穫

2024/08/31(ンゴの収穫)

暫くブログの更新をして無かったので記事の対象日と作成日がズレてます。


240908a
赤くなった(熟れた)ンゴ、2024/08/31撮影

ンゴ(ランブータン)が生ったというので収穫にパーンの家へやって来た。


240908b
木に生ったンゴ



240908j
収穫したンゴ



240908k
皮を剥いたンゴ

ンゴの皮は爪を立てて剥けば簡単に剥ける。
中は半透明でジューシーな果肉。

果肉は甘酸っぱくて割と好きな味だが、芯の所に大きめの種が有ってその周りの種の皮(?)が簡単に剥がれて其処は舌に纏わりつく感じで食感が悪い。
それが無ければもっとみんなに好かれる果物になると思うのだが・・・。

あとンゴの欠点としては、蟻がたかり易い果物で収穫した時は水で洗い流すがなかなか全部を取り除くのは難しい。


240908c
パーンの家

パーンの家は土地は1ライ。
場所はチェンライ市の南側、センタンやBIG-Cの有る辺りから国道1号線を南に向かって、車で30~40分ぐらいの所。

18年程前に建てた家で屋根などは黒ずんでいるが、家の中は壊れてないので、ちょっと手を入れれば今でも住めると思う。
奥さんの妹さんが将来ここに住むという話もあるが現状は空家。

タイのいい点は日本程、税金とか維持費が掛からない事。
庭の草刈りは近所に住むお義兄さんに若干の謝礼でお願いしている。


240908d
正面の2本の木はマムアン(マンゴー)の木、右の家はお義母さんの家

マムアンは8月初め頃まで収穫できたが、流石に今は採れない。


240908f
奥、リンチー(ライチ)の木と、手前、ファクトーン(カボチャ)

このリンチーは大粒で美味しいが、残念ながら5年に1度くらいしか実を付けない。
実が生る時はみんなで採っても取り切れないぐらい採れる。

カボチャはお義兄さんが勝手に作っている。
出来たら少しは貰えるだろうからまあいい。


240908g
バナナの木(?)

バナナて木なのか草なのか分からない。
紫のはバナナの花。


240908h
バナナの花

タイ人はこの花も食べるが美味しくはない。
因みにバナナの葉は何かを包むのに利用したり、飾りを作る時に利用したりする。
(タイのお祭りのロイカトンの時、水に流すクラトン(灯籠みたいな)はバナナの幹や葉などで作られる)


240908i
家の裏側は田圃

18年ほど前に家を建てた頃は写真のような今風の家は無かったか、有っても木造高床式の家だったが、田舎の風景も少し変わった。

因みに家はこの田圃の一部を埋め立てて、盛り土もして、整地した上に建てた。
なので、周囲より1mぐらい高く成っている。
周囲の家は雨季に庭が水浸しになる事はあるが、この家は洪水の被害に合った事は無い。


ブログ村ランキングに参加中。応援よろしくお願いします。

ポチッ  ⇒ にほんブログ村 海外生活ブログ タイ情報へ

にほんブログ村
http://meijin.air-nifty.com/blog/2019/08/post-6bb066.html

2024年9月 1日 (日)

金持ちに成り損ねた話

2024/09/01(金持ちに成り損ねた話)

最初「ポートフォリオ」というタイトルで資金管理について書く積りだったが、書き始めたら昔の記述が長くなったので、「金持ちに成り損ねた話」として1本の記事にした。

23年前の2001/11に会社を辞めた。
今で言うFIRE(ファイナンシャル・インディペンデンス・リタイア・アーリー)(経済的自立・早期退職)。
当時はそういう言葉は無かったし自分もそれを目指していた分けでは無いが結果としてそうなった。
(もしかしたら、FIREて言葉は有ったかもしれないが、自分は知らなかった)

22歳で学校を卒業して入った会社を50歳で辞めた。
30代から細々と始めた株式投資が40代に入って儲かるように成り、規模が拡大した40代後半では「もう給料が無くても暮らして行ける」と思えるぐらいに成った。
友人からは「そんなに儲けても使い切れないだろ~」と言われて、「確かに」と思った。

一番大きく儲かったのは1999年頃のITバブルの時で、この時は担当証券マンも(お世辞も含めてだと思うが)驚くほどの成果を上げた(「○○さん、何処から情報を仕入れているんですか」と聞かれた)。

2000年の4月頃からITバブルの崩壊は始まっていたらしいが2000年中ぐらいはまだ株の利益は出ていたし、それまでの蓄積も大きかったので「全然余裕」だった。

そんな折、2001年に入って、会社が早期退職優遇制度を実施するらしい、という話が聞こえて来た。
50歳以上の社員が退職する場合、通常の退職金に若干の上乗せをするという話。
これに乗った。

2001/08で自分は50歳に成る。
5月頃にそれを決めて(人事部にも話をした)50歳に成ったら辞める事にしたが、結局11月に会社を辞めた。
その頃は、ITバブルの崩壊が進んでいたので「全然余裕」ではなく「余裕」ぐらいに成っていた。

まあ、当時自分は独身だったし、お金を使わない節約生活には自信が有った。
家も親の家が3ヶ所有ったし、健康に不安は無かったのでいざと成れば警備員でもなんでもやればいい、と思った。


しかし、その後、「ちょっと困った」事が起こった。
それは、ITバブルの崩壊を甘く見ていたという事。

以下に、ITバブルの時に大きく儲けて、その崩壊で致命的な痛手を受けた富士通の株価推移を示す↓。

240901a
1994/10頃から2008/10頃までの富士通株の月足

尚、富士通株は2018/10に10株を1株にする株式併合と2024/04に1株を10株にする株式分割をしているので、この表の1株は今の1株と同等。

2000年以前の取引はきちんとした資料が残って無いので記憶によるが、富士通株は「購入→全株利確」を3回繰り返している(3回とも利確だけ、損切はしてない)(尚、表の2001年からの買いは4回目に手掛けた分)。
(3回目に手掛けた分の)最後の利確は1株1000円ぐらいで買ったものを3000円を若干上回るぐらいで売った。多分1999/07頃だと思う。

仕入れの時期と売り始めの時期は若干記憶が曖昧だが、最後に3000円ぐらいで売って、その後5000円(2000/02)までスルスルと上がったので、売り急いで失敗したと思った。

ITバブルが弾けてからの売買は記録が有る。
(以下は富士通株の売買。黒数字は買い、最後の赤の1行のみ売り

2001/02/23 1721円 5000円まで行った株価が半値以下に下がって来た。自分が最後に利確した3000円よりもかなり低い。少なくとも元値(5000円)ぐらいまでは戻るだろうと思って買い始めた。

2001/02/26 1693円
2001/02/28 1630円
2001/03/01 1694円
2001/03/09 1523円
2001/03/12 1564円
2001/03/16 1417円

2001/03/21 1610円 2001/02~03に短期間で集中的に買い進んだ。
株数は伏せるが1回の取引株数も大きい。
蓄えた資産の殆どを富士通株1点に集中して大金持ちを目指した。
(自己所有のクルーザーを乗り回せるぐらいの金持ち、或いは、世界中を旅行しても資金が尽きないぐらいの金持ち)

2001/03/29 1823円 この時点では、一瞬、目標の大勝利に少しだけ近付いたように見えた。

2001/05         この辺で会社を辞める決心をした。
この頃の富士通の株価は1600円ぐらい。
この時点で自分の資産の大半は富士通株に成っていた。
目論見通りに富士通株で大儲け出来れば、世界中を旅して周るのもいいかも知れない。

2001/06/20 1389円 会社を辞める決心をしてから徐々に資産が減り始めた。
それでも富士通株を買い進んだ。まだ、ITバブルの崩壊を甘く見ていた。
その内反転して先ずは3000円、その後高値の5000円台に戻って更にそこから・・・、と考えていた。

2001/07/09 1250円

2001/11         ここで会社を辞めた。この頃の富士通の株価は900円ぐらい。大分目減りした。

2002/08/??   613円 富士通株の1点集中の買いは失敗したと確信した。

2002/12/27  341円 2002/10には遂に300円台に落ちて、少し有った他の株も下がっていたので、株に1点集中ではなく、預金とか債券にも資金を分散して置くべきだったと反省した。
「後悔先に立たず」という言葉が頭をよぎった。

2003/02/10  322円 最初に買った値段から比べると約5分の1。
(322÷1721=0.187)
もう一生、富士通株の損失は取り戻せないと思った。
 
2003/10/02  612円 まだ性懲りも無く買っている。
この頃には本格的な戻りは諦めて、今買った値段からの小幅な値幅取りを考えていた。
平均買い単価を下げてから平均買い単価を上回った時に売って、マイナスを消そうとした分けでは無い。
いくらナンピン買いをしても、もうそんなに平均買い単価を下げる事は出来ない。追加買いの資金の余裕も殆ど無い。

2004          結婚&娘誕生

これで支出の要因が増えた。
大金持ちには成れなかったが、当時のタイはまだ物価も安かったし、10年や15年は何とか成ると思った。
もし、数年経ってダメそうなら、何か節約の方法を考えるか、働いて収入を得る方法を考えるとか、しようと思った。
(妻子がいる事で年金の割増も有るし、最低限、年金だけでも何とか成るかも)
(それに直ぐには当てに出来ないが、日本に家もあるし・・・)

2007/06/15  891円 ここから売り始めた(痛恨の損切)。
滅多に損切をしない自分としては珍しい損切。
最安値からは少し戻ったので、多分「やれやれ」と思った気がする。


以上がITバブルに乗って金持ちに成ろうとして、失敗した顛末です。

その結果がどうなったか、現状を簡単に説明すると・・・。

幸い、今は、働かなくても、それ程切り詰めた生活をしなくても、何とか成っている。

株の方は2004年頃から少しづつ盛り返していた。
2008年のリーマンショックでは3割ほど落ち込んだが、2013年からの上昇局面には上手く乗れて、コロナショックも、ちょっと前の史上3番目と史上最大の連続した下げもそれ程影響を受けなかった。

株に1点集中した投資姿勢も改めて「債券」とか「金投資」とかも少し進めた。通貨の分散も若干進めた。
株に関しても銘柄の分散を進めた(ただしこれは、集中投資に懲りて色々な銘柄に目移りして銘柄数を増やし過ぎたとも思っている)。
「金」に関しては、若干の値上がり益(売って利益確定もした)も受けた。

父と母が他界した時は若干のものは残してくれたし、杉並の家に併設されていた郵便局の家賃収入も10年ぐらいは有った。
(大した金額では無い割に管理が面倒だったので、2年ぐらい交渉して出て貰った)
(郵便局は廃局に成った。事務所等はほぼそのまま残って居て今は倉庫の様に成っている)

誤算だったのは、「タイの物価が安い」とか「節約」というのは、2024/09/01現在、見込み違いと成っている。
(実は本当はそうでもない。そういう可能性は有ると思っていたので、ある程度「想定内」)
タイの物価自体も上がっているし、円バーツのレートも悪く成った。
「働く」というのも年齢的にも心筋梗塞に成った事で今ではほぼ不可能。逆に医療費が心配に成って来た。
そして最大の誤算は恐ろしく金の掛る嫁であった事。
(娘に関しては今、大学2年なのでそろそろ金は掛らなく成る)

まあ、でも「金持ちに成り損なった」2000年~2004年頃と比べれば、23年経っていて残存寿命も少なく成っているし、ここ20年ぐらいの投資(株や「金投資」など)ではかなりプラスに成っているし。

ここは奥さんの底なしの浪費癖さえ押さえられれば、何とか成るかも(寿命まで逃げ切れるかも?)。

因みに、金持ちに成るという夢はまだ完全に諦めた分けでは無い。
残された時間は少ないし、50代以前と比べてリスクも取り難く成っているが、資金の運用を非常に上手くやれば可能性はゼロではないかもしれない。
まあ、針の穴を通すようなものだけど・・・。

しかし、非常に小さい可能性であっても、もしそうなった時にそれを使う時間は多分残ってないのがちょっと残念。
なので今の株式投資は麻雀の点棒を集めて喜んでいるようなもの。
予想を立てて、予想が当たって、点棒が増えればそれが楽しい、みたいな。


ブログ村ランキングに参加中。応援よろしくお願いします。

ポチッ  ⇒ にほんブログ村 海外生活ブログ タイ情報へ

にほんブログ村
http://meijin.air-nifty.com/blog/2019/08/post-6bb066.html

« 2024年8月 | トップページ | 2024年10月 »

無料ブログはココログ

雑記帳フォト2014

  • 吉野家の牛丼
    吉野家の牛丼