カテゴリー「タイ人気質&おバカなタイ人」の39件の記事

2018年1月25日 (木)

チェンライの歩道2

2018/01(チェンライの歩道2)

最近よく散歩をする。今回は、そこで感じた事。

タイの歩道は、日本の歩道のイメージとは大きく異なる。
以下は、チェンライの国道1号線沿いに見る、歩道の使われ方を写真に収めたものです。

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トヨタの前の歩道

流石、日本が誇るトヨタ自動車。タイにあっても、ショールームの前は綺麗に整備されている。
(日本で「歩道」と言えば、こういうイメージ)

しかし、ちょっと進むと、同じ続きの道でも・・・。

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ゴミ捨て場

こんな感じの所もある。

更に・・・。

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枯れ木置き場?

枯れ木や枯れ葉の捨て場所に成っている所もある。

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雑草と植木の置き場

半分は雑草の様だが、花の咲いている植物は植木鉢から生えているので、近所の人が育てているものの様だ。

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砂置き場

砂置き場はここだけではなく他にも数カ所あった。

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駐車場

なんだか、千葉や茨木辺りを走っていそうな車。

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消える歩道

タイの歩道というのは凄く歩き難いのだけど、まだ歩道が有ればいい方で、突然、歩道が無くなっている所もある。

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路上の広告

ここまで行くと、「通さない」、という悪意を感じる。完全にわざと通れなくしている。

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路上のタイヤ

これも、意図的にわざと通れなくしてある、タイヤ屋の前。

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歩道にベンチ

歩いている人に、「ここで一休みしてね」、というサービスなのか、近所の人の井戸端会議用の椅子とテーブルなのか、歩道に面している家の家主の憩いの場なのか、意味が良く分からないが、こういう椅子(とテーブル)はチェンライの歩道には良く置いて有る。

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屋台の食堂1

屋根まで付けているという事は、この歩道は公共物ではなく私有地・・・?。

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屋台の食堂2

チェンライには(タイには?)路上の飲食店が多い。

ここは、まだ、通れるからいい。屋台によっては、完全に歩道を占拠して通れなく成っている所もある。

兎に角、チェンライの(タイの?)歩道は、「なんでもアリ」。
歩道の位置付けが日本とは違うらしい。

初めの印象は、「流石、我儘なタイ人、公共物を私物化して他人の迷惑など顧みない」、「頭の悪いタイ人、歩道の意味を理解してない」、という「負」のイメージを持っていたが、これだけ色々な使い方をされているのを見ると、必ずしもしそれだけではないかも知れない。

現状で、もし、歩道が歩道としてでしか使えなく成ったら、チェンライの街の機能に支障が生じかねない。それ程、歩道は、多目的な用途に、広く、使われている。
発展途上国の活力みたいなものが、ここに在る、のかも知れない。

それと、もう一つ、例えば、1時間歩いてもこの道(国道1号線沿いの道)では、まず人とすれ違う事が無い。歩いている人が非常に少ない。なので、そんなに広い歩道はもともと、必要ない。

それでも、自転車がスムーズに通れるぐらい歩道が整備されればいいとは思うのだけど・・・。


関連記事、「2017/08(チェンライの歩道)」。

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2017年8月15日 (火)

コンドミニアムのセキュリティー(それは違うだろ~)

2017/08/15(コンドミニアムのセキュリティー)(それは違うだろ~)

今住んで居るコンドミニアムはキーカードが無ければ外からは入れない仕組みに成っている。
単に入れないだけでなく、自分の住んでいる以外の階にも行けない様に成っている。
エレベーターに乗る時にキーカードが必要で、自分の階以外の階で止める事は出来ない。

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コンドミニアムのエレベーター
キーカードを右の機械にかざして自分の居住階のボタンを押す。
キーカードに記録された階以外のボタンを押しても受け付けない(エレベーターは動かない)。

原則、階段での階の移動は出来ないので、同じ階の住人とその関係者以外(キーカードを持たない人間)は、フロアの中に入れない。

しかし、非常階段は有る。

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非常階段への出口(外から入れない正しい状態)

非常階段は中からは出られるが、外からは入れない仕掛けで、各階に(非常階段に出られる)出口、と1階に外に出る出口がある。

しかし、頭の悪いタイ人(他の外国人も居るが、多分、犯人はタイ人だと思う)は、セキュリティーの意味が理解出来ないらしく、折角、中からしか出られない様に成っている扉を、開けっ放しにする。

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非常階段への出口(開けっ放しに成っている状態)

これでは、折角、エレベーターのキーカードでその階の住人以外は入れない様にしている意味がない。
非常階段を使って他の階の住人も、ひょっとしたら泥棒さんも、開いた扉から自由に入って来れる。

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非常階段


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1階の外への出口

1階の外への出口は、外に出た時にカチンと鍵がかかる様に成っていて、一旦外に出れば再びそこから入れない様に成っているが、ゆっくり閉めればカチンと鍵が掛からない半開きの状態に成る。
(この仕組みは、どの階の扉も同じ)

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外からみた非常階段への入り口(半開き状態なので開けられる)

バカなタイ人はこれをやって、エレベータを使わず、出入りする人が何人か(?)居るらしい。
(自分が出た時にきちんと閉めずに、半開きにして置いて、戻って来た時にそこから入る)
(ただし、この方法は、自分の様に閉める人間が居ると使えない)

非常階段の出口付近の駐車場に車を止めれば、2階3階ぐらいの低層階の人なら、エレベータを使うよりも、駐車場から部屋まで歩く距離が短く成るのでセキュリティーの事を考えなければ便利なのは分かる。

或いは、他の階に親戚や友人が居て、非常階段を使って行き来している人も居るらしい。

例えば、2階から3階に行くのに、2階で非常階段に出る事はいつでも出来るが3階の扉が閉まって居れば中に入る事は出来ない。
他人が誰でも入って来れないような仕掛けで、セキュリティー上の効果は大きいと思うが、この意味が分からないタイ人は、各階で示し合わせて(推測)、常に扉を開けっ放しにする。

自分などは、開いている扉が有れば閉めるのだが、また、誰かしらが開ける。

で、セキュリティー重視派の正しい人間と、自分達だけの都合で扉を開けっ放しにする、我儘派の人間とのイタチゴッコに成る。

1階の外に出る扉は、守衛さんが時折チェックして、開いていれば閉めるなどしている。

そういう状態が暫く続いていたが、有る時、泥棒さんが入ったらしい。

ここで、ビルの管理人が考えた(推測)。

1階の扉は中から開ける事が出来るから、半開きのままにする人間がいる。それならば、鍵を掛けて中からも開かない様にしてしまえ。

実は、自分も非常階段の出口のそばに車を止めて置いて、外出する時は、非常階段を使う事が有る。

で、有る時、奥さんと非常階段を使って1階の出口から出ようとしたら、鍵が掛かっていて出られない。
自分の居る階の階段への出口は閉めて来たので、戻っても入れない。

さあ~困った。

金属製の扉に小さなガラス窓が有って、そこから外に守衛さんが見えたので、扉をガンガン叩いて開けて貰った。

守衛さんいわく、(色々理由は言っていたらしいが、この時は良く分からなかった)、この扉は出られない様にしました。そういうお知らせは書いて有ります(タイ語が読めないので何処に書いてあったのか分からない)という話だった。

しかし、それではセキュリティー上の問題は解決されるけど、今度は非常階段の意味がなくなる。防災上の支障が生じる。

扉を開けっ放しにする住人もバカだけど、非常階段を閉め切りにする守衛さん(管理人?)はもっとバカだ。

火事の時に、逃げて来たら1階で外に出られなくて、焼け死んだらどうするんだ。
(最も、近くにガラスの窓があるので、そこをぶち破れば、外に出られる様には見えたけど)

当然(?)守衛さんに抗議した。

火事の時にどおするんだよ~。

守衛さんいわく・・・そういう時は外から開けます・・・だって。

大体、非常扉に鍵を掛けて出られないようにする非常識な奴らに、緊急時の素早い対応が取れるのか甚だ疑わしい。

しかし、その時は言葉の問題も有って上手く伝える事が出来なかった。

が、それから2週間後ぐらい、扉の施錠は解除された。

奥さんの話によれば、流石のタイ人(?)も、非常扉が開かないのは問題だと思った人が多かったらしく、苦情が相当有ったらしい。

当たり前だよ・・・バカ・・・。


前々回の記事、「チェンライの歩道」、で書いた様に、歩けない歩道とか、今回の様に、抜け道のあるセキュリティーとか、扉の開かない非常扉とか、折角、いい歩道、いいセキュリティー設備を作っても、その意味を理解出来ない、理解出来ても自分の都合で意味のないものにしてしまう、そういうタイ人は、やっぱりバカで我儘な人達、半未開人だという気がする。

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2017年8月10日 (木)

チェンライの歩道

2017/08(チェンライの歩道)

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チェンライの歩道1

歩道の真ん中に歩行者を遮る広告。

日本だったらこんな立て看板を置いたら、区役所や警察にたちまち苦情の問い合わせが殺到すると思う。

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チェンライの歩道2

前の写真は、まだ避けて通れるが、これは完全な通せんぼ。何を考えているのだろ~。

この看板を立てた人は歩行者の事など全く考えてない。

自分の都合しか考えないタイ人らしいとも言えるが、歩道の意味を全く理解してない、単なるバカな奴、という気もする。

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チェンライの歩道3

今は(携帯の普及で)大分減った電話BOXも歩道の真ん中に。

公共物(?)がこの状態なのだから、「歩道」というものの位置付けが日本とタイとは異なるのかも知れない。

ここも、余程細い人でなければ歩道の上を歩くのは難しい。

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チェンライの歩道4

電話BOXと屋台で完全な通行止め。

大きく、車道にはみ出ないと先に進めない。

車道を走っているのは当然タイ人の運転する車だから危ない。
(タイ人は安全運転という意識が希薄)

尚、この屋台にはお店の人が居なかった。24時間、歩道を占拠している屋台もチェンライには多い。

まさか、此処は歩道じゃなくて、屋台の店主の私有地なんて事はないよね?。

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チェンライの歩道5

お店からはみ出したイスとテーブルで占拠されている歩道。

ここは、私道なのか・・・?。それならしょうがないが。

百歩譲って、お店の外にイスとテーブルを置くのはしょうがないとして、営業中以外は店内に収める事は出来ないのか?。

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チェンライの歩道6

もうこうなって来ると完全なお手上げ。

右の歩道も左の歩道も、歩道を真っ直ぐ歩く事は不可能。右の道はもはや道としての役割を果たしていない。

これは、歩道と思うから腹が立つので、お店の一部と思えばいいのか・・・?。

という事は、歩行者は車と一緒に車道を歩くのがタイのルールなのか・・・?。

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チェンライの歩道7

横に停まっている車と、前に停まっている車は運転手が乗ってない。

横に停まっている車はまだいいが、前に停まっている車は歩道の延長線上にあって、ここも真っ直ぐには歩けない。
こういう止め方をする運転手もバ○?。


以上、街のコンドーから「作」までの、ほんの20分ぐらいの道のりで、歩道らしきものは有るが、殆ど歩道の意味をなしてない箇所が至る所にある。

タイの歩道は非常に歩きにくい。段差も多いので、自転車では不可能に近い。

発展度合いがまだ歩道を整備するレベルに至っていない、という事も有るのだろうけど、タイ人の自分さえ良ければいい、他の人の迷惑は考えない、公共のものという意識が薄い、という性格が改善されれば、タイの歩道はもっと歩き易く成ると思う。

経済だけでなく、タイ人の心も、未だ文明人と呼ぶには大分遠い気がする。

まあ、屋台はタイの文化だと思えば趣があっていいとは思うのだけど・・・もう少し何か考えていい方法はないものか、と1外国人としては思うのでした。

しかし、最初の方の立て看板で道を塞いだ奴は、歩道の意味を全く理解してない、単なるバ○としか考えられない。

関連記事、「歩けない歩道」。

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2017年2月 9日 (木)

キンキラ・チェンライ

2017/02/07(キンキラ・チェンライ)

タイの人達にとって一番「尊いと感じる色」は金色ではないかと思う。
それは、単に「好き」というレベルではなく、もっと根の深い所、大袈裟に言えばDNAに根ざしたもののような気もする。

4回前の記事、「カラフル・チェンライ」、に続くタイ人の好き(?)な色シリーズです。

どうも自分のイメージとして、昨年の後半から続く、「白黒」というのはタイ人らしくない。
良し悪し、好き嫌い、は別として、熱帯のイメージは、「トロピカル」または「カラフル」。
「白黒」と言うのは、(熱帯、或いは、タイ)らしくない。

タイ人の好きな色の中でも、金色は特別な色、高貴な色というイメージがある。
人によっては、豊かさの象徴、という意味合いもあるらしい。
中華系の影響をかなり受けている気がするが、一般のタイ人にも金色選好は深く浸透している。

当然、チェンライにも至る所に、金色が溢れている。

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最近出来た空港バイパスの橋にある飾り

この飾り(?)何か名前とか意味はあるのだろうけど、自分は知らない。

ただ、初めて見た時、「カッコイイ~ナ~」、と素直に思った。

今回のブログのテーマを思い付いたのも、この光景が頭に浮かんだから。それぐらい自分には鮮烈なイメージを与えた。

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家の近所のお寺で静かに佇む仏像

タイの仏像は、基本、金色。それだけ金色は価値の高いもの、高貴なもの、と思われている証拠の様な気がする。

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家の近所のお寺

ちょっと色が褪せているけど、一応金ピカの雰囲気は出ている。

この様な金ピカのお寺は、タイの隅々まで、街にも村にも必ずある。しかも、そこら中に沢山有る。

もしかしたら、子供の頃から見慣れている、こうした金ピカなお寺が、タイ人のキンキラ選好の原点かも知れない。

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ワットロンクン付近の前国王の肖像

タイの人々から深く敬愛された前国王の肖像も当然(?)金色で彩られている。


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チェンライ県、ワットロンクン

白いお寺として有名な、ワットロンクンにも金色の造形物は有る。


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ワットロンクンの金色の建物

白で統一したお寺といっても、やっぱり、金色の寺院とか仏像とかは(タイのお寺には)欠かせない物らしい。

噴き出す炎のような迫力がある(?)。

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BIG-Cの前の歩道橋もキンキラキン


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チェンライの街の象徴、時計台もキンキラキン

時間にルーズなタイ人の街の象徴が時計台というのも矛盾しているが、もしかしたら時の為政者が時間(を守る事)の大切さを、人々に啓蒙する為に設けたのかも知れない。
(穿ち過ぎか・・・?)


タイの民族衣装にも金色を取り込んだものが多い。

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タイの民族衣装の一例

本物の写真がないので人形で代用。
タイの民族衣装の全てがキラキラしたものではないが、写真の様な金色(或いは金その物)を取り込んだ衣装も多い。


・・・そして・・・庶民は・・・金行へ・・・↓。

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センタン内の金行

タイ人はちょっとしたお金があると、ネックレスなどの金製品を買う人が多い。
(逆に、ちょっとお金が欲しいと、金製品を売る人も多い)
(なので、金行はショッピングセンターには必ず数店あって結構儲かっている様だ(推測))

そんなに豊かではないと思われる、村の人でも、結構、金のネックレスなどを持っている。
また、おかまでもヤクザでもない普通のいい大人の男性が、太い金のネックレスをしていたりする。

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2016年6月28日 (火)

日本人はいい仕事をしようとするが、タイ人は・・・

2016/06/27(日本人はいい仕事をしようとするが、タイ人は・・・)

今日(27日)日本に帰って来た。
今回の帰国は色々する事が多いので、1ヶ月と、やや長めの日本滞在(1人)を予定している。

という事は置いといて。

日本に帰国した時、東京の家の最寄駅、荻窪駅を降りたら、まず、「松屋のカルビ焼き肉定食」、を食べるのが恒例と成っている。

日・タイの移動期間中、飛行機の中では大したものは食べられないし、日本に着けば(成田か羽田)、兎に角早く、家に帰りたい。
なので、すきっ腹を抱えていても、一刻も早く、と電車を乗り継いで荻窪までは帰って来る。

しかし、荻窪駅に着けばもう一安心。ここで気がフッと緩んで、お腹が空いているのを思い出して何か食べたく成る。
で、いつも、駅前の「松屋のカルビ焼き肉定食」、と成る。

やっぱり、本当にお腹が空き切っている時は、寿司やラーメン、カレーなどというよりは、ストレートに肉。

焼き肉が食べた~い。

目の前に、松屋があればもう我慢は出来ない。


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荻窪駅前の松屋

で、今回も吸い込まれるように松屋へ。

松屋では、いつも、大体、カルビ焼き肉定食を食べる事が多いのだけど、今日は50周年記念キャンペーン(注)とやらで、通常630円のところを500円に割引に成っている。
こりゃもう、「カルビ焼き肉定食」、を食べるっきゃない。

(注、タイではキャンペーンというより、フェアと言ったり、割引セールの場合はプロモーションと言う事が多い。ついでに言うと、食べ放題はバイキングではなくブッフェという)


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松屋のカルビ焼き肉定食

みそ汁は、若干の割増金を払って、「とん汁」、にグレードアップ。
(飛行機の座席のグレードアップと比べれば大した事ないけど・・・)

ご飯にはタップリの紅生姜(タダです)。
これが無ければ、牛丼、は盛り上がらない。
(カルビ焼き肉定食ですけど)

ついでに言うと、サラダにはフレンチドレシング(写真上方)。
カルビには、カルビソースと一部バーベキュー味ソース。

兎に角、美味しい。タイで食べる焼き肉とは全く違う。日本の味。
何で、日本のものはこんなに美味しいのだ、と思う。

で、ここからが本題。

食べ物の美味しさの違いはさておき、もう一つ、日・タイの違いを、強く、感じた事がある。

それは、従業員の働き振り。
兎に角、テキパキというかキビキビというか、凄い速さで仕事をこなす。
日本にずっと居れば気が付かないかも知れないけれど、タイの食堂のお姉さん達のゆるい仕事振りを見て来ると、日本人のお姉さんの仕事振りは際立つ。

2人の従業員が居て、1人は厨房で料理をする係り、もう1人は、注文を取ったり、出来た物を運んだり、客が帰った後の片付けをしたり、水やみそ汁を入れる仕事をしている。

厨房にいるお姉さんは良く見えなかったけど、凸型のカウンターの中に居るお姉さんの働き振りは、目の前に居るので良く見えた。
これが凄い。

自分の居た時で最大12人。カウンターに9人、テーブル席に3人いたが、その分の仕事を1人でやっている。
(タイだったら3人居ても無理かも知れない)
兎に角、切れ目なく、異なる内容の仕事を次々とこなして行く。
まるで、前後左右に目が付いているかの様に、右に左に前に後ろに、数ステップ先の仕事まで段取りが付いているかの様な機敏な動き。
何かのアスリート、例えば新体操の選手の様な正確で軽快な動き(ちょっと大袈裟?)。

日本人としては、「普通」、なのかも知れないけれど、タイ人の、のろくさい働き振りを見慣れていると、全然違う。仕事の速さのレベルが違うし、多分、正確さも数段違う。

接客態度だって悪くない。
タイ人のお姉さんなんて、何かを頼みたくても、意図的に目を合わせない様にしているとしか思えない事も多いが、日本人のお姉さんはそういう事もない。

一度、タイ人のお姉さんを日本に連れて来て見せて見たい。っていうより、やらしてみたい。
まあ、言葉の問題があるので、日本人と同じには出来ないけど。
仮に、言葉の障害が全く無かったとしても、タイ人のお姉さんはパニックに陥りそうな気がする。
(多分、見せれば、最初から「出来ない」、と言う気がする)
(そういえば、松屋、に奥さんを連れて行った事がまだ無かった。今度連れて行って、「ああいう風に仕事出来る」って聞いてみようかな)

余談。
タイにも、吉野家や大戸屋やココ壱番、などの日系のお店があるが、働いている人達は、(多少は他のお店より、まし、かも知れないけど)日本人の働き振りには到底及ばない。
多分、従業員教育はしたと思うけど、日本人の仕事振りと同じ事をさせる事は出来なかったのではないか、と思う。
タイでは、8番ラーメンのお姉さんなんか、暇そうにしている人数は多いけど従業員同士で話をしていて客の方を見ようとしない、なんて事は普通にある。
余談終わり。

で、何で、こういう違いがあるかを考えた。

「タイ人と日本人の国民性の違い」、と言ってしまえばそれまでだけど、それでは面白くない。

ちょっと考えて思い付いた事が、「日本人はいい仕事をしようとする」、事。

これは、食堂のお姉さんに限らない。殆どの日本人はそういう考えを持っていると思う。
職人なら「匠の技」を磨くとか、サラリーマンなら、「顧客サービスの向上」とか「生産性の改善」とか「品質の向上」とか、兎に角、「いい仕事」をしようという何かしらの事は常日頃から考えている。

食堂のお姉さんなら、それが、素早いサービスの提供とか丁寧で正確な対応、という事に成り、仮にアルバイトだったとしても、「いい仕事をしよう」、という考えは日本人なら殆どの人が持っているので、仕事を覚えるのも早いし、段取りも良く成る。忙しくても手を抜いたりしない。

それに対して、タイ人はどうなのか、と考えて思い至ったのが、「タイ人は(仕事で)いい評価を得ようとする」、という事。

もちろん、日本人もタイ人も収入を得る為に仕事をする、という第一の目的は変わらないが、その上で、日本人は、「いい仕事をしよう」とするし、タイ人は、「いい評価を得ようとする」。

日本人だって、「いい仕事をして」、「いい評価」を受けたい、と思うのが普通だが、この「いい評価」の意味が日本とタイとでは大分違う。

よく分からないないのだけど、タイ人の場合の「いい評価」とは、立場上の「上下関係」に関する評価、或いは、「面子」に関する評価、そんな様なものの気がする。
(ここは、自分はタイ人ではないので、イマイチ良く分からない)

例えば、田舎の人から見れば、ビジネスマン(ナク・トラキット)は格が上である。こういう考えが実際ある。
会社とその顧客という立場であっても、田舎の人間(すいません、上手い表現がみつからないので、一般的にタイで格下と見られ易い立場の弱い人の事を仮に、「田舎の人」とします)は会社側の人間(ビジネスマン、学歴が高かったりする)に対して、言いたい事も言えない。
客が、何か会社側の人間の気に障る事を言えば、会社側の人間は自分の「いい評価」が侵されたと思って、きちんとした対応を取らなく成るとか、そういう事は普通にある。

ビジネスマン(と自分で思っている人達)から見ると、自分のそういう評価されるべき立場が重要なのであって、仕事の内容ではない。

例えば、注意を受けるのを(日本人から見れば)極端に嫌うというのも、自分の評価に傷を付けられると感じるからではないか。

分からない事を、適当にウソをついて誤魔化すのも、自分の評価に傷が付くのを恐れる為の様な気がする。

くどい様ですが、タイ人の評価、というのは、日本の様に真実を重視した評価ではなくて、あくまで表面的な評価。立場や上下関係に関する評価。

自分の固定された社会的評価(例えば、役職とか仕事上の権限とか)を侵すものは許せない。

何か、問題が有った時、そこで謝ってしまえば、失敗をした(問題を起こした)という評価は確定してしまうが、謝らなければ問題ない、なんかそんな考え方らしい。

で、最後にもう一度、(自分の)今回の結論らしものを言うと。

「日本人はいい仕事をしようとするが、タイ人はいい評価を得ようとする」

或いは。

「タイ人は仕事が決まった時点で評価が確定しているので、日本人の様に、いい仕事をしようとは思わない」

う~ん・・・何かイマイチしっくり来ないけど、取り敢えず、ポチッ→にほんブログ村 海外生活ブログ タイ情報へ (タイ情報へリンク)。

しっくりしない理由は、

「日本人はいい仕事をしようとする」、という所は自信があるのだけど、「タイ人は仕事が決まった時点で評価が確定するので・・・」、の所がイマイチ自信がないから・・・。


余談。
タイから日本へ来る間に書こうと思った事やメモ・写真などはあるのだけど、今、ちょっと忙しいので、暇を見付けて書きますが、順序は時系列通りではなくて、書きたい順に書きます。
更新頻度も少し落ちそうです。

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2016年3月 1日 (火)

群れたがる1&3

タイ人の、特に田舎のタイ人の特徴的な性質の1つに、「群れたがる」というのがある。
ここでいう、「群れたがる」とは、「怠け者」、と密接に関連していて、自分で努力をせず、考えず、人に頼ろうとする、マイナスのイメージを持っている。
皆で協力して何かを行う、とか、皆で助け合う、とかいうプラスのイメージのものとは違う。

タイで、タイ人と暮らす様に成って、この「群れたがる」という性質に違和感を持った事は多い。
その都度、何でそう成るのか、正しくはどうするべきなのか、を考えて来たが未だによく分からない。

ただ、タイの田舎の発展が遅れている理由の1つが、この「群れたがる」性質、自分で努力をせずに人に頼ろうとする性質、に由来している様な気がする。
「群れたがる」というのは、タイ人の事を考えるキーワードとしては重要なものだと考えている。

群れたがる1~5は、それぞれの時点で起った事、考えた事、を書いたものです。
1~5の順番は特に意味は有りません。

また、何を、どう、群れたがるのかも、其々異なりますが、その根っこに共通したものを感じたので、「群れたがる」として、シリーズ化しました。
各記事へのリンクは、この記事の終わりに貼ってあります。

尚、「群れたがる1」の部分は古い記事で、以前、他の記事の中に入れたものですが、より関連の強いここに移しました。


2013/11/29(群れたがる1)

チェンライに居ると感じないが、バンコクではまたまた、タクシン派と反タクシン派で、もめているらしい。
大勢のデモ隊で、官公庁などが占拠されているという話し。
まあ、政治的な事は分からないので置いておくとして、何か違和感がある。
自分のイメージでは、タイ人は流される人達で、正義感に燃えて世の中を変えていこう、などと面倒な事を真剣に考える人達ではない。
(そういう人も少しは居ると思いますが)
そこで、思い当たった事。
もしかしたら、タイ人の「群れたがる」という性格が影響しているのではないか?。

自分のまわりのタイ人を見ても、とにかく「群れたがる」。
病院や役所に行くにも、1人で行けばいいのに、5人も6人もついて行く(事もある)。
昔、奥さんとの結婚の手続きには、役所に8人付いて来た。
ちょっと用事が有って遠出をする時も、関係無い人まで含めて、定員5人の車に7人も詰め込んで行こうとする。
自分が日本に帰る時、空港への見送りに、お義兄さんの家族や近所の子供まで付いて来た事がある。
(いちいち見送りなど、いらないのに)
結婚式、新築祝い、大学の卒業祝い、お葬式、誕生日のお祝い、など何かに付けて大勢の人を集めて宴会を開きたがる。
(新築祝いと、お葬式は村中の人を集める、大学の卒業祝いは一族全員を集める、誕生祝いや結婚式でもかなり広範囲の人を集める)
(我が家の新築祝いには、200人ぐらい来た)

まあ、宴会や個人の用事と、政治的なデモを同一視するのは、ちょっと無茶な気もするが、とにかくタイ人は大勢集まって騒ぐのが大好き。
(政治的な主張と言うより、みんながデモに参加するから自分も参加する、大勢で騒ぎたい、という人が、かなり混ざってるんじゃないか?)
ついでに言うと、行動が過激になるのは、理性的に考える事が苦手で、感情に流され易い為だと思う。

どうも、そういうタイ人の性格を利用して、裏で糸を引いているスポンサーがいる様な気がする。


2016/02/29(群れたがる3)

田舎のタイ人の、「群れたがる」性質は、元々は、村や一族の中で孤立しては生活する上で著しく不利になる事が最大の原因だったと思う。

日本でも、「村八分」という言葉があって、孤立は不利に成るのだろうけれども、日本の場合はある程度、公平性が保証されているのと、1人1人の(家々の)独立性が尊重されているので、タイ人程群れる必要がない。
(日本の田舎には住んだ事が無いので、推測です)

日本には自分の事は自分でやる(家の事は其々の家で責任を持つ)という文化があるので、タイ人の様に、一族で「もたれ合う」事は少ない。
逆に言うと、タイ人は問題(例えば経済的な問題)が有った時に、自分で努力して解決しようとせず、一族の誰かに頼る(事が日本人と比べて多い)。
しかし、タイの田舎が経済的に発展する為には、この「もたれ合い」の体質を変えて行く必要があると思っている。

例えば、もたれ合いだと、お金に困った時に、一生懸命仕事をして、苦労して(工夫して)お金を稼ぐ事をせずに、援助をして貰う事で解決しようとする。
これでは、一時凌ぎで問題の本質的な解決にはならない。

更に、こういう事が常態化すると、努力して援助する方がバカみたいになる。
努力してもしなくても(頭を使っても使わなくても)結果が同じなら、努力してもしょうがない、と思う人だって出て来る。
結局、お互いの足を引っ張り合う事に成る。
(みんなが努力しなくなる)

この地に住む日本人は、その感覚に悩まされる事に成る。
日本人は一般的に援助をする方に回るので、何の努力もしていない人達に(少なくとも、日本人から見れば、そう見えるタイ人が田舎には多い)何で援助をしなければならないのか、と成る。
例えば、小さい例だけれども、お義兄さん夫婦と食事に行くと毎回、支払は日本人の家族の側に成るケース。
兄弟姉妹は対等の関係なのだから、割り勘にするとか、1回交代にするのが正しいハズだが、タイ人相手にこの理屈は通じない。

兄弟姉妹間で有ろうと家計は別々という考えが日本ほど強くないので、金は有る方が払うのが当たり前という(間違った)風潮がある。

日本でも、昔は、(結婚したりして)独立しても、兄弟姉妹間の助け合いはあったかも知れないが、最近は少なく成っていると思う。
タイもバンコクなどは大都会で、そういう意味では、だんだん日本の様な、個々が独立した社会に成って行くのだろうけれども、バンコクと言っても、そこに住む人達は北タイやイサーンの田舎の出身者も多いし、都会らしく成った歴史も浅いので、まだまだ日本の様な、自己責任の確立した社会には成っていない。

兎に角、貧しいと思ったら誰かの援助を期待するのではなく、自分で努力して稼ぐようにする。
それ以前に、貧しく成らない様に、最初から勉強したり、工夫したり、考えたりする努力をする。
そういう社会にして行かなければ、タイの田舎は、経済的にますます取り残されていく様な気がする。
「群れ合って」一人一人が努力しない、考えない、社会は昔はそれでも良かったのかも知れないけれど、経済が発展して来た今では、流れに付いて行けない。

金銭の問題に限らず、文化や生活の向上も、人に頼らず、自分で頭を使って解決するように、していく必要がある。

タイの田舎が発展する為には、「群れたがる」という性質を変える必要がある、と自分は考えている。

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尚、以下は過去の群れたがるシリーズの記事へのリンクです。

2014/05/30 群れたがる2 
2015/02/24 タイ人は一人で病院に行けない(群れたがる4)
2016/02/16 タイ人同士の付き合いに私を巻き込まないで(群れたがる5-1)
2016/02/19 タイ人同士の付き合いに私を巻き込まないで(群れたがる5-2)
2016/02/20 タイ人同士の付き合いに私を巻き込まないで(群れたがる5-3)
2016/02/26 タイ人同士の付き合いに私を巻き込まないで(群れたがる5-4)
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2016年2月26日 (金)

タイ人同士の付き合いに私を巻き込まないで(群れたがる5-4)

今回の「群れたがる5シリーズ」のテーマは、「だから~、君の(奥さんの)友達付き合いに俺を巻き込まないでくれよ!」、です。

時系列で言うと、今回がシリーズ最初のお話。スターウォーズで言えば、遡った最初の出来事、「エピソード1」、みたいなものです。


その3(1月12日の話)

奥さんとちょっとした用事があってセンタンに居た。

夕方ぐらいで、お腹が空いて来たので何処かに食事でも行こうかと思っていたが、奥さんが、「友達がここ(センタン)に居るので会って行く」という。
「一緒に来て」欲しかった様なので、センタンの1階で奥さんの友人と会った。

奥さんの友人、タイ人の女性が2名(2人共独身)。

奥さん達は、「一緒に食事でもしましょう」、という事に成ったらしい。
こういうの、面倒くさくて嫌いなんだけど、しょうがない。
ここは、「いい旦那さん役」を演じる事にした。

「何処に食べに行く?」、という話に成って、候補は幾つかあったが、結局、「富士」に行く事に成った。
多分、自分が日本人だから、という事だと思う。

ま、何処でも皆さんのお好きな様に・・・。
スポンサー役はお引き受けしますから。

但し、この2人、(多分)結構裕福な方達なので、田舎の人達に「奢る」のとは意味が違う。

田舎の人達に奢る場合、日頃そういう機会が少ない人達に、タンブン的な感覚で「奢る」事が多いが(そういうのは、本当は好きじゃない)、今回の場合は、日本人的な感覚、「今後ともよろしくお願いします」的な、相手に敬意を表す為の「接待」なので、奢る事自体は、全然問題ない。

富士に入って、4人向かい合って座る。
当然、自分の隣は奥さん。前に女性2人。

ハーレム状態・・・?。

こういう事、昔から結構あったし、隣が奥さんだから別に嬉しくはない。
(でも・・・ちょっと嬉しいか・・・?)

面倒くさいな~。

会話のきっかけを作ろうと思ったのか、ここで、奥さんから質問が飛んで来た。

「ドッチ、キレイ(日本語)?!」。

コラコラ、本人達を目の前にしてそんな事聞くなよ。答え様がないだろ~!。

実は、これ、正直に答えようと思えば、至極簡単。一目瞭然、なので反って答え辛い。

う~ん・・・どおしよう???。
「2人共綺麗」と答えるか。笑って誤魔化すか。
正直に「こちらの方(かた)」と言うのは流石に不味いよな~?。タイだからいいのか?。
可愛い(ナーラック)と綺麗(スワイ)を使い分けるのも、ちょっと(年齢的に)「可愛い」の方に無理があるし・・・。

で、何と答えたかは忘れました。
奥さんの(タイ人の)友達なんて、どうでもいい。

(そう言えばこういう時、「奥さんが綺麗」と言って誤魔化した人がどっかに居たような・・・)


G1
富士で貰った景品

余談。

帰りに、富士で新年の景品をくれた。猫の楊枝立。

最初1個だけくれたが、友達も欲しかった様で其々に1個ずつ貰った。更に(自分用に?)もう1個。結局、1人1個ずつ計4個、貰った。

これが、奥さん偉く気に入ったようで、1週間後ぐらいにまた富士に行って、更に2個、貰った。

更に、その1週間後ぐらいに、また、富士へ行こうという。
流石に、景品欲しさだけで行くのは、ばからしいので他のお店に行った。
家には、写真の猫の楊枝立が4個ある。
(ちょっと、カワイイ・・・?)


その4(その3の話から約1週間後)

街で、自分の知り合い(50代後半男性、独身)にちょっとした作業を手伝って貰ったので、お礼の意味も込めてスタバに誘った。
奥さんも一緒に作業をしたので、今回は自分から奥さんも誘った。
(状況によっては、自分の友達付き合いに奥さんを含める事もあります)

スタバで3人で、コーヒーなどを飲んでいる時、奥さんが「トイレ」と言って席を外した。
しかし、なかなか帰って来ない。
絶対何処かで油を売っているな・・・買い物か?・・・誰か友達と会って居るのか?・・・困ったものだ・・・と思っていた。

それから、かなり経ってから奥さんが友達を連れて帰って来た。

また勝手な事を・・・と思っても自分も友人を誘っているのだから、おあいこ?。
(でも、自分は始めから状況を明らかにして誘っているが、奥さんの場合は事前の話は何もなく、突然だから、やはり違う)

日頃から、冗談か、お世辞か、本気かは分からないけど、「日本人のお相手が欲しい」といっている(独身の)女性。
推測だけど、奥さんが自分の友人(独身)と会わせる事を企んだらしい。

もしそうだとすれば、残念だったね、奥さん!。
この友人、モテモテで、そういう必要は(彼女を紹介して貰う様な事は)全くない人なのだよ。

まあ、(奥さんの)気持ちも分からなくはないが、自分に相談なく、日本人同士の付き合いに勝手に割り込んで来る様な動きはして欲しくない。

日本では、こういうのを、「余計なお世話」(或いは、「余計なお節介」)と言うのだよ。

タイ人と日本人は違うのだから・・・。


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このシリーズ一応終了。
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2016年2月20日 (土)

タイ人同士の付き合いに私を巻き込まないで(群れたがる5-3)

前回の記事、「~その2(昨日の話)」の続きです。

いよいよ、奥さんとその友達が企んだ、男女7人、日・タイ高齢者合コン(もどき)が始まりました・・・。

主賓は遥々日本からチェンライに旅行に来られた、お2人。お2とも60代の男性。
後の5人は地元の人間、いわば接待する側。

男性、残り2人の内、1人は私。もう1人は案内役の50代男性。
私とは、偶然ですが顔見知り。

後は、タイ人の女性3人。
奥さん→A子さん→B子さんという友達繋がり(奥さん以外は(多分)独身)。

B子さんは旅行者のC男さんと親しい関係に有る様にお見受けしたが・・・て言うより、C男さんがB子さんの事を気に入っている様子でしたが、本当はどういう間柄かは不明。
相手の方から言って来ない限り、初対面の人にそういう話を聞くのは、チェンライではタブー(?)(タイ人は平気で聞いて来ますが)。

実際問題としては、非常に気には成りましたが・・・。

C男さんは、他のメンバーの方から「社長」と呼ばれていたので、もしかしたら羽振りのいい、お金持ちの方かも。
でも、そういう偉そうな素振りは見せない、気のいい方、とお見受けしました。

もう一人の旅行者、D男さんは大柄で寡黙な方で、最初はちょっと怖い感じでしたが、話して見ると、シャイで優しい感じの人でした。
この方、68歳で、「こちらに住む事も考えている」、「去年も7月に1ヶ月ぐらい来た」という話し。
隣に座って居たので、この方とは出身地の話とか、タイの気候の話とか、今からでもタイ語が覚えられるか、とか、色々な話をした。
まあ、正直68歳からでは難しいかも知れないが、何とか成るかも知れないとは思った(兎に角、相手の事を知らないので何とも言えない)。

しかし、今回のメンバーの皆さん比較的無口。
案内役のE男さんも、遠慮しているのか余り喋らない。
なので、日頃はこういう会で余り話さない自分が話を投げ掛ける事が多く成る、という珍しい事態に成った。

ちょっと困ったのは、例えば、「何処にお泊りですか?」と聞いても「お寺」とか言ってはぐらかされる、年齢を聞いても、さっきと違う事を言っているとか、女性との関係もはっきりしないとか・・・。
まあ、余り、根掘り葉掘り聞いてはいけない、という雰囲気が有った事。

もう一つは、隣に奥さんが居た事。
やはり、日本人同士の会話を奥さんに聞かれている、というのはやりにくい。
奥さんが隣に居ては話しにくい事もある。

それと、案内役さんと旅行者の方との関係がイマイチ分からなかったので、余計な事、案内役さんに都合の悪い話をしない様に、結構、気を使いながら話をした事。

まあ、基本、自己責任ですから、周りが余計な事を言ってもしょうがない、とも思った。

ただし、こういう場ではなく、例えば旅行者の方と飲みながらなら、もう少し本音の話も聞けただろうし、こちらも、それに応える事は出来たと思う。
機会が有れば(多分、もう無いだろうけど)、時間をかけて話をしてみたい方達ではあった。

今日は、日頃は煩いくらい良く話すタイ人の女性達も余り話さない。
多分、日本人の爺さん4人に気後れしたのか、元々、家の奥さんとB子さんは知り合いじゃないから話が出ないのか、或いは、B子さんはイサーンの出身という事も影響しているのか。

しかし、例外が1人居た。
何を隠そう、家の奥さん。
家の奥さん、少し日本語が話せるものだから、こういう日本人との話し会みたいなの大好き。
元々、タイ人同士、友達同士でも話を仕切る傾向にあるので、他の6人が無口な人なので、或る意味、独壇場。

(見た目はちょっと怖いけど)優しそうなD男さんが、ピックキーヌー(タイの物凄く辛い唐辛子)に手を出すのを見掛けると、「すご~い」「唐辛子食べられるんだ」(正確に何と言ったかは忘れました、意訳です)。
さらに追い打ちをかける。
「赤いのも食べる~」。
「赤いのと青いのどっちが辛い?」。
気の優しいD男さん(もう一度念の為、68歳の方です)、乗せられるままに、赤や緑の唐辛子をポリポリ。
そして、真面目に「胃がスッキリしますね」。
コラコラ、奥さん、そんなに煽るんじゃない。
周りの人達も心配して、「そんなに食べない方がいいよ・・・」。
ま、こんな感じで奥さんの独り舞台。

やっぱり、この「はしゃぎよう」を見ると、今日の会の黒幕はお前だろ~、と疑いたく成る。

ここで、ちょっと説明。------

最初は、みんなで、コーヒーでも飲みましょうという事で、BIG-Cのクーポン食堂でコーヒーなど(実際は、タイの甘々の飲み物)(コーヒーを飲んだのは自分だけ)を飲み始めた。

しかし、ここは我儘な(?)奥さん、それだけでは済まない(考え様によってはサービス精神のある奥さん)。
「○○と○○を食べたい」、というので、200バーツ渡して、買に行かせた。
ピックキーヌーはその時の何かのおまけに付いて来たもの。


L1
日・タイ、男女7人合コンもどき、の席

日本人は注文したものを(律儀に?)飲むが、タイ人は殆ど残す。
カップの飲み物がほぼ丸々残っているのが、タイ人の席。ちゃんと飲み終わっているのが日本人の席。
何をするにも日本人の方が真面目(?)。

尚、酒類(ビールなど)はまだ5時前だったので、多分、売ってない時間帯。
5時過ぎにはビールも売り出した様だったが、お客さん達の都合が分からなかったので、自分からは言い出さなかった。

説明終わり。----------

こういう状況・・・奥さんに根っこが生えて、帰ろうとしなく成る状況・・・は、始めから或る程度予想が付いたので、「娘を迎えに行かなければならないから、そんなに時間はないよ」と釘を刺して置いたのだが、こういう時に限って手際がいい。
(日頃は「どん臭い」のに)
娘を、預ける手配を既にしている。
(「群れたがる5-1」の記事の、娘がちょっとお世話に成る事が有る、と書いた家です)

しかし、こんな状態をいつまで続けていてもしょうがない。
旅行者の方達の都合だって分からない。
なので、「そろそろ、○○ちゃんを迎えに帰るよ」と言っても、「大丈夫」と言って一向に席を立とうとしない。

兎に角、奥さんが突出して、はしゃいでいる。
(いわゆる、KYさん)(空気が読めない)

その内、旅行者のD男さんが、「トイレ何処?」と聞いた時に、案内役さんが、「一緒に行きましょう」と言って席を立った。他の人達も立ったので、自分も立ち上がって、まだ一人椅子にしがみついている奥さんに一言、「帰るよ!」。

別に、旅行者の方達と話をするのは嫌じゃ無かったし、面白い面も有ったので悪くは無かった。
しかし、やっぱり、だまし討ちみたいに、奥さんの友人との付き合いに強引に、付き合わされるのは面白くない。
日本人は、君達ほど「群れたがる」民族じゃないんだからと言いたい。

帰る途中、車の中で、「もうA子さんと俺は合わない」、「別にA子さんが嫌いと言う分けじゃないが、合わない」、と宣言したが、果たして効き目が有るか否か・・・。

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このシリーズもう少し続けます。
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2015年11月25日 (水)

タイ人と間違い電話-2

さっき、誰かから電話が掛かって来た。
電話口で(多分)タイ語でごちゃごちゃ言っている。

「เฟิัำระสาเเหอ่ำฟื่ร・・・」、何の事か分からない。

「もしも~し・・・」

相変わらず、「เฟฟ่ืำเสืหำฟะฟศน・・・」、ごちゃごちゃ言っている。

多分、間違い電話だと思ったけど、一応、(タイ人)の奥さんに聞いて貰おうと思って、携帯を持って行った途端に切れた。

何故かタイ人って間違い電話が多い。多分、頭がわ○い・・・からだと思う・・・?。
しかも、間違えているのに、なかなか気が付かない人もいる。やっぱり頭が○るい・・・?。
こちらが日本語で話し出した途端、謝りもせず、ピッと切る人も居るけれども、いつまでも話し続ける人が結構いる。
(いつまでも話し続けられても困るけど、いきなりピッと切るのも失礼だろ~)

酷いのになると、(タイ人の)奥さんに代わった途端に怒り出す奴も居た。
自分の彼女に掛けた積りなのに男(自分の事です)が出たので、勘違いして怒り出したらしい。
奥さんが、「ここはチェンライで○○ではありません」と一生懸命説明していた。

同じ人が(正確に言うと同じ電話から)間違い電話が何回も掛かって来る事もある。
一回間違えたら、次からは同じ番号に間違い電話を掛けて来るなよ、と思うのだが・・・全く・・・学習能力のない奴らだ。

履歴を調べたら、何回か同じ番号から間違い電話が掛かっていたので、その番号は「間違い電話かな」で、電話帳登録した。
普通は、「井之頭五郎」とか名前を登録する所に、「間違い電話かな」と入れた。
これなら、また掛かって来てもすぐ分かる。

M1
自分のスマホに掛かって来た間違い電話

自分は、日本に年間100日ぐらい居るけれども、日本では間違い電話は殆ど掛かって来ない。
やはり日本人の方が、しっかりしている・・・?・・・らしい。
(日本でもNTTドコモの携帯を持っている)
その代り(?)日本の家の固定電話には、よく勧誘などの電話が掛かってくる。
いきなり自分の自己紹介を始めて、「この度、私ども○○を始めまして・・・」。
なかなか、話が途切れない。前置きが長くて、なかなか本題(用件)に入らない。だんだんイライラして来る。
こういう時は、「資産運用とか、そういうお話でしたら間に合ってます」、「忙しいので、切ります」などと言って一方的に切ってしまう。
多分、そういう電話の何割かは「詐欺まがい」の電話の様な気がする。

ちょっと話が逸れたけど、最近は、日本に居るから安心、タイ人の間違い電話は掛かって来ないと思って油断していると、スマホに替えてからタイからの間違い電話も掛かって来る様になった。
仕掛けは良く分からないけど国際ローミング(?)とか、そんなので、AISのSIMカードの入ったスマホ(写真のスマホ)にタイからの間違い電話が掛かって来る様に成った。

多分、タイ国内の知り合いに掛けた積りの電話が、国際電話になって日本に繋がったとは、掛けた本人(タイ人)は夢にも思っていないのだろう。

タイに在住している、日本人からも掛かって来る事がある。
この場合も、こちらが「今、日本です」と言わなければ、タイに居ると思われてしまう・・・?。
(転送電話は、転送された時に分かるが、国際電話に成った時も、気を付けて聞いていれば分かるのか・・・?)
(補足。何故タイのスマホを日本へ持って行くかというと、LINEでタイ国内の知り合いや家族と連絡を取る為)

いずれにしても、「自分が絶対に正しい」と思っているタイ人、例え間違い電話をしたとしても、マイペンライ、で気にも止めない。

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2014/11/07にも同じような記事、「タイ人と間違い電話」を書いた。
昔、この話題でブログを書いた記憶はあったのだが、それは見ないで、この記事を書いた。
両方共、自分の書いた文章なので似ていて当たり前だけども、同じような事を1年前にも考えていた事が分かった。
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2015年10月23日 (金)

お義兄さんの知り合いの結婚式(関係ないじゃん)

2015/10/23(関係ないじゃん)

昨日からバンコクのお義兄さんがチェンライに来ている。
うちの奥さんは、お義兄さんが3人(姉妹は自分を含めて3人)いて、一番下のお兄さんが来た。

何をしに来たかと言うと、チェンマイの方で知り合いの結婚式が有って、それに出席するついでにチェンライに立ち寄ったらしい。
で、その結婚式に、一番上のお兄さん(家の近所の農家)とその奥さんと子供、お義母さんも一緒に付いて行った。
家の奥さんも誘われたらしいが、奥さんは断ったらしい。

ここで、不思議なのは、バンコクのお兄さんの友達の結婚式で、一緒に付いて行ったその他大勢の4人は、新郎新婦と全く面識がない事。
最初は、家の近所(パーン郡)の人で、昔は面識が有ったのか、と思ったが、バンコクのお義兄さんの友達で、他の4人は全く知らない人らしい。

まあ日本だって、ある程度大きな結婚式なら、息子(或いは娘)の結婚式に、親の知り合いを招待する事はあるだろうけど、そういうのとは違う。
別に、招待もされてないし、単に着いて行っただけ。

まあ、チェンマイまでは距離が200kmと長いので、運転を交代で、という事はあるかも知れないけど、それにしても(日本人的には)一族総出で行く様な事じゃない。

要は、折角チェンマイまで車で行くのだから、ガソリン代は一緒。
タダで物見遊山が出来るし、宴会の酒や料理にも・・・、という事だと思う。

これは、奥さんの一族に限った事なのか、タイ人一般にそうなのか・・・、という疑問が湧くが、今迄ここで暮らした人達を見て来た限りでは、「一般的」な事の様な気がする。
少なくとも、この辺の田舎の人達は同じ様なもの。

昔、自分がチェンライに来た時にも、空港まで(チェンライ空港までは家の辺りから50km程、離れている)、ピックアップトラックの荷台に大勢の人を積んで、迎えに来たり、家で、例えば娘の誕生日会とか、やる時でも、「娘と関係ないじゃん・・・」と思う人達が大勢集まって来ていた。
(最近では、バカらしいので、空港からはタクシー、誕生日会は身内限定でやるように心掛けている)

これと、ちょっと関係した事で、家(うち)の奥さん、やたら自分の日本人の知り合いとの会合(日本人会の催しや友人との飲み会など)に同席したがる。
まあ、日本人会は家族も会員だし、奥さんに日本人を知って貰う為にも、自分の方から誘う事も多いが、そうでない普通の友人との飲み会にも同席する事が良くある。

送り迎えの運転を頼んで、結局、最初から最後まで一緒というケース。
「○時頃まで、飲んでいるから、○時頃迎えに来てね」と言っても、席を立たない。
難しい日本語は分からないので、何を話してもいいか、というとそうでもない。
やはり、奥さんは居ない方がいい時だってある。その辺の空気が読めない。

根底には、タイ人にとって、「家族の知り合いは自分の知り合い」という考えが強いのだと思う。
日本人としては、自分の知り合いは自分の知り合いだけ、であって、親、配偶者、子供は(余り)関係ない。
(タイ人がよく、人の電話を取るのも、こういう考えが影響しているのだと思う)
まあ、程度の問題で日本人だって、「全く関係ない」という事はないが、タイ人の方が、家族での付き合い、という考え方が強い様だ。
(家族に限らず、「友達の友達は友達」というのもある)

ちょっと話が横道に逸れたけれども、何を言いたいかというと、「タイ人はもっと一人一人が自立すべきである」という事。
兄弟の助け合いもいいけれど、まずは、自分の欲しい物、やりたい事は、自分の努力で何とかすべきであると思う。
弟の友人の結婚式が面白そうだからといって、一家総出で付いて行くというのは、自立した大人としては、いかがなものか・・・。

自分も、奥さんの知り合い関係の宴会(結婚式など)に誘われる事は稀にあるが、基本、断る(100%ではない)。

有る時、自分の関係者のさる方(タイ人)から、「近所の家(自分の家からは遠い)が新築のパーティをやる」「そこの家は、金持ちで盛大なパーティをやるので、一緒に行かないか」、と誘われた事がある。
誘った方は、「いい話を教えてやる」と親切の積りで誘ったのだろうけど、これって日本流で言えば、「人のふんどしで相撲を取る」の類で、「なんだかな~」と感じた。当然断った。

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余談。

1年程前までは、バンコクのお義兄さんが来た時は、家(うち)に泊まったのだが、お義母さんの家が出来てからは、そこに泊まる様に成った。
香港に暮らす妹さんが来た時も、同じ。

また、チェンマイに乗って行った車は、元は数年前に他界したお義父さんのピックアップトラックで、お義母さんのものだけれども、お義母さんは使わないので兄弟で共有している。
車は、家(うち)の駐車場に置いて有る。
知らない人が来ると、家には、自分のシビック、奥さんのCRV、お義母さんのピックアップと、3台の車が有って、「車が3台もあって凄いですね」と言われたりする。

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